平成十四年東京都議会会議録第九号

○議長(三田敏哉君) 五十四番福島寿一君。
   〔五十四番福島寿一君登壇〕
   〔議長退席、副議長着席〕

○五十四番(福島寿一君) 昨年六月に実施をされました東京都議会議員選挙において、都民の皆様方の信託を得て、本日ここに都政の重要課題について質問の機会を得ましたことは大きな喜びであります。
 さて、この数年、政治の動き、社会の動きが実にわかりにくくなっているといわれております。加えて、相次ぐ政・官・業の汚職や不祥事は、大きな政治への失望を招いてしまっています。スローガンとかけ声のみが先行している現政権の姿は、さながら乱気流の中を地図を持たずに飛んでいるようだともいわれています。
 私は、このような政治状況を承知の上で、みずからをその真っただ中に置き、本来政治の持つべき役割と責任を果たすことで、政治への信頼を回復し、この社会に対する我が務めとしたいと決意をいたしているのであります。
 さて、議会の役割は、地域社会における多種多様な争点を政治の公的な舞台に乗せることであり、審議を通して争点を明らかにし、その解決に向けて政策をつくり、優先順位を定め、自治体としての公的意思を形成することにあります。行政に対し、進むべき方向とエネルギーを与えること、これがまさしく政治であります。そして、その上で、行政執行の適正さ、有効性をコントロールすることであります。
 私は、議会と行政、そして政治に対するこのような基本的認識に基づき、石原都政に対し意見を申し述べ、以下の諸点について石原知事に質問をいたします。
 まず、都市再生特別措置法についてであります。
 四月五日に公布されましたこの法律の提案理由の説明において、我が国の都市は、活力の源泉であるにもかかわらず、慢性的な渋滞、緑やオープンスペースの不足など多くの課題に直面し、変化への対応が立ちおくれているとし、都市の再生を図り、その魅力と国際競争力を高めるため、拠点となる地域に集中的、戦略的に民間の力を振り向け、特別の措置を講じ、都市再生を強力に推進するとしています。
 東京から日本を変えるとの公言に共鳴する者として、この都市再生に大きく期待し、その推進方を強く望むものであります。
 私は、副都心といわれる渋谷に住まいし、渋谷のまちで成長し、傷つき、育てられてまいりました。都市もまた、人の一生に似て、成長し、傷つき、衰えもするものであります。
 今、渋谷の中心部、渋谷駅及びその周辺地域を見るに、その機能と安全性について大いなる危惧と不安を抱いております。重要なる鉄道結節点であり、都道を含めた幹線道路、広場、大型商業施設が立地しながらも、各施設の老朽化と施設相互の連絡の不便さについては、都市機能として致命的弱点を持つといわざるを得ません。
 このことにつきましては、これまでも繰り返し指摘され、それぞれの問題点については、各事業者、関係者間において十分に承知されておりながら、個別事業者による対症療法的措置しかなされておりませんでした。その大きな原因は、鉄道、道路、広場、商業施設を一体的、総合的に計画し整備するという具体的な制度、手法が得られなかったからであります。
 しかし、今、石原知事提案による都市再生という具体的な手段と方法が用意されました。知事は、先行して都市再生緊急整備地域に指定すべき地域として七地域を挙げられましたが、都内には、この法律を使うことでよみがえることができる、あるいは、さらなる発展が期待できる地域がこのほかにも存在します。人々が集い、文化の集積が進んだ副都心地域など、今後の発展が見込まれる地域などは、指定されることで整備が行われれば、東京の顔として大きな集客力を持つようになるはずであります。
 私は、こうした視点をも加味した、まさしく千客万来の首都東京をイメージした都市再生も必要と考えますが、どのようなお考えのもとに第二弾の都市再生緊急整備地域の申し入れを行うおつもりなのか、石原知事の見解を賜りたいと存じます。
 そもそも、都市、ポリスと、政治、ポリティックスの語源が同根であるように、古来、都市と政治は相似形であり、表裏一体のものであります。このことから考えてみますと、今日の都市の形は、戦後の政治のありようを映してきたともいえるのです。現在の都市の姿は、統一的理念もなく、雑然と積み重ねられてきた施設と機能、秩序と節度を失った雑踏をして繁栄とにぎわいと称する、自己欺瞞にも似た思い込みが蔓延しています。
 しかし、今、後に続く世代に対し責任を自覚する者として、しっかりとしたわだちを残すべく、未来を見据えて考えるとき、私は、この都市再生の対象となる地域については、でき得る限り政治と文化にかかわる公共スペースを意図的に生み出すという視座も必要であることを申し添えさせていただきたいと思います。
 次に、教育問題について、あえて石原知事に質問をいたします。
 二十一世紀を迎えた今、来るべき社会が健全で希望に満ちた社会であるためには、教育の担うべき役割と責任はまことに大きく、かつ重大であると考えます。どのような資質と能力を備えた子どもたちを育てるべきなのか、教育のあり方について基本的考え方が確立されていなければならないと考えるのです。
 知事は、高校時代のみずからの姿を振り返り、落ちこぼれのはしりととらえられ、明治の文明開化以来、今日もなお続く、近代国家建設のための官僚など限られた要員育成のための近代教育なるものがいかに時代おくれで、十代の子どもたちのすばらしい感性や情念を阻害してきたことを断じておられ、そして、今日かくも子どもたちを荒廃させてしまった、その舞台でしかなかった教育の場とシステムについて、私たち大人がみずからの責任を問い直すべきであると言及されておられます。
 私は、学ぶとは誠実を身につけることであり、教えるとは希望を語ることであるという言葉こそが、教育の本質であると理解いたしております。
 さらに、つけ加えていうならば、今日の教育の、学校、家庭、地域を含めての大きな誤りは、子どもから難儀を取り去ろうとしたことにあると考えています。人は、難儀を体験し、それに打ちかとうと努力して強くなり、人の立場や苦しみがわかるようになる、生かされて生きていることに気づく、法灯明に守られた自灯明を発見する、私はこのように考えておりますが、さまざまな角度から教育改革を推し進められている石原知事は、あるべき教師像、あるべき教育の姿についてどのようなお考えをお持ちか、この際、率直にお教え賜りたいと存じます。
 質問の最後に、石原知事は「国家なる幻影」という著書にこう書かれておられます。今眺め直してみて、どうにもよしとはできぬ政治の姿、そんな政治が規制してつくり出してしまった国家の今の姿を、私を選んだ人々、あるいはそれ以上の数の国民が決してよしとしているわけはあるまい。時がたてばたつほど歴然としていく、自立性を欠いたこの国の姿に、この国に住む者の一体だれが満足できるというのだろうか。個人と同じように、国家にもまた世界の中での個たる国家としての意思があるはずであり、他国とのかかわりの中でその強い意思表示があるべきであり、それでこそ国家としての尊厳があり、周囲からの敬意もあり得ように。日本の政治がそのままに放置され、どう変わることもない責任は、それを構成している政治家の責任以外何物でもないと、この国のゆがみを憂える心情を吐露されておられます。私も、政治に志した一人として、しかりと胸の奥で答え、何度も読み返したのであります。
 今、この国の危機に、この社会の危機に、国家存亡の危機に当たり、政治家石原慎太郎知事には、大いなる覚悟が求められているのであります。進退に命あり、去就に義あり、都知事就任三年を経て、石原知事の胸に去来するものは何でありましょうか。石原知事の政治に対する思い、決断をぜひお答えを賜りたいと存じます。
 私も、政治家の端くれとして、大きな変革期に身を立たせていただいている者として、あす地球が滅びるとも、僕はきょうリンゴの木を植える、志と使命感を持って、山積している政治課題の解決に取り組んでまいりますことを新たにお誓いを申し上げ、私の質問を終わります。(拍手)
   〔知事石原慎太郎君登壇〕

○知事(石原慎太郎君) 福島寿一議員の一般質問にお答えいたします。
 まず、都市再生緊急整備地域の指定についてでありますが、一度ぜひお暇なときに、この庁舎の一番上にあります、展望台じゃなしに、できればヘリポートに立たれて、天気のいい日に、東京じゅうを見回していただきたい。これは茫然とするぐらい、まさに黙示録的な混乱が展開されているわけでありまして、この東京に都市計画なるものが私はとてもあったとは思えませんし、これをどう手をつけていいのか。
 ですから、今回の措置法の時限立法の中で、とてもこの都市の再生などかなうわけではありませんが、まずその第一弾として、こういった法律というものを私が建言して、三年かかってできてまいりました。去年には、仲間の亀井静香君が政調会長をしているときに、この原案にもなります、五年間で十兆という大まかなプロジェクトのようなものを提案して、それが端緒になりまして今回の法律も成立したわけでありますが、いずれにしろ、前にも申しましたように、どなたかの質問に答えましたが、これは財務省の意向もありまして、何とか土地の流動化を促してほしい、そのきっかけにこういった法律をつくりたいというのが主眼でありました。
 これは、何も財務省のためだけに土地を流動化するわけではありませんし、現に眠っている土地があるわけでありまして、そういう観点で、個々のプロジェクトが単独で終わることなく、複数のプロジェクトを誘発して、面的なつながりの中で相乗効果が短期間に期待のできる地域を選んだわけでありますが、当然、第二次、第三次の案があるべきでありますし、今後も、そういったものの中で、道路などの公共施設整備とも一体となりました、ご指摘のように東京から文化もはぐくむというような、そういう多角的な視点でのプロジェクト、それも民間の知恵もかりまして、そういったものを推進していきたい、それが可能な地域について、さらに熟度が高まった段階で順次指定していきたいと思っております。
 次いで、あるべき教師像、教育の姿についてでありますが、おっしゃられましたように、私も、高等学校のとき、一年落ちこぼれで、学校をサボって登校拒否をいたしました。そのころと実質的に今日の日本の社会教育は変わっていないのはまことに残念でありますが、教育というのは、社会的方法として行われる限り、どうしても、何人学級になろうとマン・ツー・マンの教育はあり得ないことでありまして、学校では、そういったメカニズムの中では、どうしても子どもたちを画一化するといいましょうか、画一的な方法を講じるしかないわけで、それが逆に子どもたちの持っている個性というものを相殺する危険もはらんでいるわけであります。
 あるべき教師像ということで考えますと、私は、子どもが、他の大人と違って、まだ初々しい、人間として阻害されずに持っている豊かな個性、感性というものを、教師もその可能性を認識して、それゆえにその子どもに期待し、子どもを愛する、そういう信条を持った先生が好ましいなと思います。
 同時に、今うまいことをいわれましたが、まさに子どもにあえて難儀をも体験させるということが、教師にとっても、また親にとっても一層必要でありまして、たびたび申していることでありますけれども、動物行動学でノーベル賞をもらったコンラッド・ローレンツが、動物のしつけになぞらえて、人間の社会、一人の、一個の動物である人間の社会でも、子どものときに難儀を強いられたことのない人間、コンラッド・ローレンツの言葉でいえば、肉体的な苦痛を体験したことのない人間は、必ず大人になって不幸な人間にしかならないといっておりますが、そういう人間の存在の、他者との摩擦の原理というものを踏まえて、子どもたちにあえて難儀を強いるような先生こそが好ましいし、また親も好ましいと思っております。
 特にこのごろの親は、子どもを自分の手でしつける、教育するということができませんで、先生にすべて依頼して、先生よろしくお願いしますということで済ませておりますけれども、これはやはり子どもたちにとって非常に不幸な状況でしかないと思うんです。
 私は、年に一度、幼稚園から高等学校まで、都立の教育施設の先生たち、先生の――校長先生ですね、数千人おられますけれども、その会合に年に一度出ますが、毎年同じことをいっているのは、あなた方は決して、教育の場である幼稚園から高等学校の、その場での最高責任者ではないと。少なくともその場の責任者ではあっても、教育に関する最高責任者では決してないと。幼稚園であろうと、高等学校であろうと、子どもを預けているその親たちにとって、実は子どもの教育の責任者、最高責任者は親でしかないということ、校長という立場の責任でいてもらいたいということを口酸くいっておりますが、非常に皆さん共感してくださいますけれども、今度は逆に親の方が、なかなかそういうことをいわれても、自覚を持ち得ないというのが残念な現況であります。
 いずれにしろ、おっしゃるように、難儀というものを体験させられていない子どもは、しかも、どう考えてもおもしろくもない科目で勉強を強いられるということで、すぐキレてしまうわけでありますけれども、要するに根源は、親というものがもう少し、家庭という教育の場で、親としてのしつけと教育の責任というものを果たすという自覚を取り戻すということで、また、教師もまた救われ、教師もまた教師としての活力を得ることができるのではないかと思っております。
 次いで、私の政治に対する思いといいましょうか、決断についてでありますが、現代の民主主義社会の中では、政治に最も強い権限が与えられているわけでありまして、社会工学的には、政治は非常に規制力の最も強い方法であります。そして、その政治が扱うべきいろいろな政治案件というのは、どれをとっても、先ほど申しましたように、決して単純なものでなくて、目に見えるもの、見えないものが、非常に複合的、重層的に重なって表示しているわけであります。それを、総合的、重層的、複合的に正確にとらえずに、ただ割り切られたラインの中での問題としてとらえれば、実はその行政が真の行政になり得ない。
 もともと、政治を動かすのは官僚ではなくて政治家でありますが、その政治家が官僚という公僕を使い、効果的に使って、国民にかわって、都民にかわって使って、行政を効率よく運営するということが必要でありますし、また、その瞬間、瞬間に、それぞれの政治家が一つの決心、決断というものをしなくてはなりませんが、どうもそういった決断が決断の形をとりえない。本当に相互の非常にイージーな依頼の上で、ずるずるずるずる行われているというのが、特に今日の国政を見ると、それが露呈しているというような――その結果、そのツケが国民に回ってきて、社会全体の危機になっているというような気がいたします。
 私は、都政を預かるようになりまして、現況を少しでも変えようと、仲間で合議しまして、都庁で、都内で合議しまして、政治家が督励すればいろんな知恵が出てくるわけでありますし、東京都は、非常に大きな世帯ではあるようで、実は国に比べればはるかに小さい。直に、どんな副知事も局長も部長も現場を持っているわけであります。それを踏むことでいろんなアイデアが出てくるわけで、今、東京にスピリット賞というのを設けまして、本当に、我々の目の届かない現場でいろんなアイデアを出してくる諸君に、些細な褒賞というか、記念品を差し上げるシステムをとっています。
 そういうコンテストの中で、驚くほど、まさに緻密なアイデアもあり、あるいは大胆な思いつきで、結果としたらコロンブスの卵のような、どうしてこんなことを今まで思いつかなかったか、そういうアイデアが出てくるわけで、私は、要するにそれを束ねる役割をしているわけでありますけれども、そういう点で、非常に知的レベルの高い日本人でありますから、国においても、東京都においても、政治家がその姿勢というものを示せば、同じチームプレーとしていろんなアイデアが出てくるんじゃないか。それゆえに私は、東京都に限って、現況を少しでも変えるための政策の苗をまず植えて、それをできるだけ早く育てようという努力を私なりにしていきたいと思っております。
 しかし、何といっても東京は、他の外国に比べれば、それを上回る予算も持ち、キャパシティーもあり、可能性を持っているわけで、いわばミニ国家と呼ぶほどの存在感もあります。ゆえに、この国全体にもう大きな影響力を持ち得るわけでありまして、その限りで、この国の政治の方向を変えるために、東京が、議会の皆さんと一緒に力を合わせながら新しい政治のパターンをつくることで、逆に国をもリードしていきたいなと。それができれば、私も知事になったかいがあるなと思っております。
 以上であります。

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