予算特別委員会速記録第四号

○高橋副委員長 神野吉弘委員の発言を許します。
   〔高橋副委員長退席、泉谷副委員長着席〕

○神野委員 学校の教員によるわいせつ、セクハラが後を絶たない。昨年の文教委員会でも指摘をした、いわゆるわいせつ教師、そして先般、東京都が勝訴したことで話題になった、日の丸・君が代に反対する教師、こういった一部の教員の問題によって、教員に対する信頼が大きく現在毀損されています。大多数のまじめな教員の皆さんが大変な迷惑をこうむっているわけであります。こういった問題教員に対する都の姿勢についてお伺いをします。
 まず、わいせつ教師、並びに日の丸・君が代反対教師、彼らに対する処分の内訳を、直近五年間、推移を含めてご説明をいただきたいと思います。

○大原教育長 平成十七年度から二十一年度の五年間に行った教員に対する懲戒処分は、わいせつ行為、セクハラ行為等については、平成十七年度九件、十八年度十七件、十九年度十二件、二十年度十六件、二十一年度十一件の合計六十五件でございます。
 このうち、わいせつ行為に対しては厳罰をもって臨んでおり、三十六件を懲戒免職といたしました。また、生徒への不適切な内容のメールを送信した事案や、職場の会合の帰り道に同僚教員を抱き寄せた事案など、わいせつ行為にまで至らないものにつきましては、停職十六件、減給十件、戒告三件となっております。
 次に、国旗・国歌にかかわる職務命令違反につきましては、平成十七年度四十五件、十八年度四十一件、十九年度二十六件、二十年度十三件、二十一年度五件の合計百三十件でございます。その内訳は、停職十四件、減給五十二件、戒告六十四件となっております。

○神野委員 この五年間で、わいせつ、セクハラ行為による処分者が六十五名、国旗・国歌による処分が百三十件であることがわかりました。
 わいせつ行為についてなんでありますが、性行為や、そして直接性器に触れる、いわゆるわいせつ行為を犯したらば即免職であります。そして、そこまでに至らないと判断をされ、免職を免れ、停職、減給、戒告とされた教員の中でも、十二名はその後みずから辞職をされていったということであります。免職ではなく停職との裁定により、たとえその後辞職しても、彼らには退職金が支払われるわけです。
 最近の新聞報道を紹介しますけれども、杉並区の和田中学校の五十六歳の教諭。中学三年の女子生徒に数学の補習授業を行った際、生徒の太ももをさわる行為を繰り返した。教諭は密室の中で執拗にこの行為を行っていた。この教諭に関しては停職六カ月であります。
 そしてもう一人、これは区は紹介されてありませんが、五十九歳の区部の小学校の校長。新規採用の女性に、校長室で、採用しなければよかった旨の発言をし、女性が涙を流すと、うそだよといって一分間手を握った。その後も都内の飲食店で執拗に食事を誘って、女性が区の教育委員会に相談をして発覚した。この校長先生は停職三カ月であります。
 こういった免職とは違う停職でも、当然ですが、彼らはその後やめれば退職金が支払われる。
 ならば、これはモデルケースで結構なんですが、中途退職の教員に対しての退職金、一体どのぐらいなのか、ご紹介をいただきたいと思います。

○大原教育長 退職手当は、職員の退職手当に関する条例に基づきまして支給することとなっております。
 退職手当の額は、退職時の給料月額や勤続年数等により異なりますが、仮に大学卒業すぐに採用され、教員の平均年齢程度の四十五歳で退職する教諭の場合には、計算しますと、約一千百万円でございます。

○神野委員 四十五歳のモデルケースで一千百万円でありますから、例えばこの和田中の先生五十六歳、一体幾ら退職金が払われるんでしょうか。
 私は、この今申し上げた和田中の先生のように、直接性器にさわるのか、それとも太ももにさわるのかという、免職と停職との基準に、実は大きな差があるんじゃないかなというふうに考えるわけなんです。
 次に、伺いたいんですが、免職以外の処分で、その後辞職もしなかった教員は、謹慎後、服務事故再発防止研修という研修を受けて、そして現場に復帰をするということでありましたが、この研修制度、その内容についてお伺いをしたいと思います。

○大原教育長 服務事故再発防止研修は、懲戒処分を受けた教員のみならず、その管理監督者に対しても、その原因となった服務事故の再発防止に向け、教育公務員としての自覚と反省を促すことを目的として実施しております。
 事故者に対する研修期間は、最低でも二カ月間で、まず所属での研修を行った上で、都教職員研修センターでの研修を実施し、さらに所属での継続した指導を実施いたします。
 本研修においては、事故者の行為がどのような法令に違反し、どれほど地方公務員に対する信用を失墜したかなどについて説諭するとともに、その行為に至った原因、理由等について面談、指導し、事故者の反省と態度の変容を促し、研修の成果を十分確認しつつ、職場に復帰させることとしております。

○神野委員 ご説明いただいた研修なんでありますが、停職の場合には三カ月の基本研修を受けて、その後一日研修センターで研修を受けます。基本研修というのは、所属の学校で校長先生から受ける形になるのですが、最近では、この性に関する性犯罪で捕まった受刑者、再犯が多いからということで、特別なプログラムを用意して矯正を図っているわけなんですが、この内容の研修というのは一律でありますから、私は、どれだけ効果があるのか非常に疑問を感じるわけなんです。
 そして、もう一つ、一番これ問題意識持っているのは、性的行為で処分を受け、研修を終えた教員が現場に戻るということなんです。そして、その際、その氏名が公表されることもありません。確かに、一度処分を受けた教員が再度同じ過ちを繰り返したということがこれまでないとはいえ、新たに性的行為等を働いて処分を受ける教員、新聞報道を見ても後を絶たないじゃないですか。
 現在の処分の流れでは甘過ぎるのじゃないでしょうか、見解を伺いたい。

○大原教育長 高い倫理観と信頼感が求められる教員がわいせつ行為を行った場合は、二度と教壇に立つことができないよう厳罰を科しておりまして、例えば生徒から求められてキスをした場合でも免職としております。
 懲戒免職に至らず、停職処分等を受けた教員につきましては、二度と服務事故を起こさないよう、先ほど申し上げた再発防止研修を受講させ、校長の徹底した指導監督のもと、職場に復帰させております。
 仮に職場を異にして、異動させて復帰させた場合でも、異動先の校長に非行事実を通知いたしまして、その校長から的確に指導させておりまして、再発防止に努めているところでございます。
 なお、過去五年間におきましては、わいせつ行為等により免職以外の懲戒処分を受けた教員で、再びわいせつ行為等により処分された者はおりません。

○神野委員 今のお話ですけれども、確かにそのわいせつ行為でも軽い内容ということですが、しかしやはり、当事者が問題意識を持って教育委員会に訴えるから発覚をするのでありまして、通常の出来心とかいたずら程度ではないし、ましてや教員という身分でありますから、私はもっともっと重く受けとめなければいけないと思っております。
 性的行為等で処分を受けた教員を現場に戻すのか否かというのは、私は、教育委員会ではなくて、その教師に実際に子どもを預けることになる保護者に対して情報公開を行い、保護者の判断に任すべきだと思うんです。その教員が行った行為を明らかにし、停職処分の理由を説明し、自分の子どもを預けることができる教員かどうかを判断させるべき。教員の氏名を公表しないのは、その教員の人権保護の観点からだと推測するのでありますが、何も情報を告げられず子どもを預けさせられる保護者からすれば、これたまったものではありません。
 教員の人権と子どもの安全、どちらが大切だと考えていらっしゃるんですか。

○大原教育長 子どもの安全が絶対最優先であると考えておりまして、この考えに基づき、教員がわいせつ行為を行った場合には懲戒免職としており、厳正に対処してきております。
 わいせつ行為にまで至らない行為により免職以外の懲戒処分を受けた教員については、再発防止研修により徹底した反省を促し、児童生徒の安全という観点から研修の効果を検証、確認した上で、職場に復帰させております。
 職員の服務事故が絶えない現状は大変重く受けとめておりまして、都教育委員会としても、今後とも厳正な処分と再発防止に万全を期してまいります。

○神野委員 教育長がよくおっしゃるように、都の教員の皆さんは本当にまじめに頑張っていらっしゃると思っています。よくわかります。しかし、これまで見てきたように、一部の教員の行為によって教員への信頼というものが大きく揺らいでしまっている。
 都はこれまでもさまざまな施策を講じられて、よりよい教育の実現を目指してこられておりますが、私は、今、一番必要なのは、教員への信頼感の醸成だと思うわけです。
 そのためには、今申し上げたこのわいせつ行為を行った教師や、そして日の丸・君が代に反対をするような教師に対しては、厳罰をもってその再発を防ぐべきであると申し上げて、次の質問に移りたいと思います。
 続きまして、東京都が新しく始めようとしている歴史教育についてであります。
 今、国際社会という言葉がよく叫ばれるのでありますが、国際社会とは一体何なのか。国と国とがその力を持ってお互いせめぎ合うのが、国際社会であります。
 ならば、国際社会で活躍をする子どもを育てるためには、世界の歴史を学ぶのではなくて、まずは日本の歴史をしっかりと学ばせて、日本の立場を国際社会においてしっかりと主張することができる子どもこそが、まさに真の国際人であると思う、そういった観点から、歴史教育、質問をさせていただきます。
 都の教育委員会は、平成二十四年度から、すべての都立高校において日本史必修化を行うことを決定しました。その意義について所見を伺います。

○大原教育長 学習指導要領におきましては、中学校社会科の歴史的分野では日本史を中心に学習することとされておりますことから、高等学校では世界史が全生徒の必修となっておりまして、日本史については地理との選択制になっています。そのために、都立高校生のうち、約四分の一の生徒が日本史を学習しないまま卒業しております。
 こういった現状を踏まえて、都教育委員会は、日本の歴史の価値を十分理解させ、日本人としての自覚と誇りを高めるために、中学校に引き続き、高校生段階においても日本史を学ばせることが必要であると考え、平成二十三年度から都立高校において日本史必修化の試行実施に取り組み、平成二十四年度から全面完全実施することを決定したところでございます。

○神野委員 歴史には光と影があります。民族の歴史の影の部分だけを殊さら強調して子どもたちに教えたら、日本人としての自覚と誇りというものを持たせることはできない。日本を嫌い、むしろそんな日本人の一員であることを拒む子どもたちに成長していくはずだと思うんです。
 歴史教育にとって必要なのは、当時の事実を正確に伝えること。今の価値観をもって過去を判断しないことだと考えます。
 そこで伺いますが、東京都が独自に作成をした「江戸から東京へ」、日本人としての自覚と誇りをどのように高めていくのか、お伺いをしたいと思います。

○大原教育長 この教科書では、多くの先人の努力や功績を取り上げました。例えば江戸期には、ライプニッツやニュートンに先んじて、微分積分といった高等数学を考えついた関孝和などのすぐれた才能が開花し、成熟した独特の感性や高い文化、教育水準をつくり上げたことは、その後の時代に大きな財産として受け継がれました。
 明治期には、いち早く憲法制定準備に取り組み、当時欧米諸国以外で唯一の憲法である大日本帝国憲法を制定したことは、日本がアジアの他の国に先駆けて近代国家となる大きな要因となりました。
 これら先人の誇るべき業績は、日本が急速な近代化を遂げ、国際社会において確固たる地位を確立していく原動力となりました。生徒自身にこうしたことの価値を正しく理解させ、日本人としての自覚と誇りを高めさせてまいります。

○神野委員 実は、今回、この質問に当たって、私は、六社の今売られている高校の歴史教科書に目を通してきました。どの教科書を見ても、先ほど申し上げたように、歴史の影の部分だけを取り上げて、どうも過去の日本がすべて加害者であるかのような記述が目立つわけであります。
 例えば韓国併合について見てみると、どの教科書も取り上げているのが、創氏改名の強制で名前を奪った。従軍慰安婦、朝鮮語の禁止、そして日本への強制連行。
 私は、確かに、当時の半島の皆さんが自分の国が併合されて国がなくなってしまったわけなんでありますから、その悔しさというものに対しては、十分な配慮をすべきだとは思います。でも、先ほど申し上げたように、事実は事実として子どもたちに教えなければいけない。
 創氏改名で考えてみると、確かに第七代の朝鮮総督南次郎は、日本式の名前を名乗ることを許すことにしたわけなんですが、これは決して強制ではありませんでした。
 それが証拠に、日本陸軍には洪思翊という、朝鮮名の陸軍中将がいたんです。金錫源という、金鵄勲章までもらった大佐もいた。さらには、朴春琴という、朝鮮名のままで東京府の第四区の衆議院議員選挙で当選した者までいたんです。
 日本名への改名が強制ではなかったというだけでなく、陸軍中将まで上り詰めたり、衆議院議員にまでなった当時の朝鮮の方がいたということは、俗にいう植民地の民ではなかったはずなんです。
 イギリスの植民地であったインド人は、イギリス人になれたんでしょうか。オランダの植民地のインドネシア人に、果たして参政権が与えられていたんでしょうか。
 確かに、日本は韓国を併合しました。これは事実であります。しかし、日本は一方的な加害者ではなかった。
 併合当時九百八十万だった人口は、終戦時二千五百万人まで増加をした。平均寿命は二十四歳から四十八歳まで延びて、内地の日本人の平均寿命とほぼ同じになった。小学校が全部の村に設置をされた。文字を持たなかった朝鮮の民に、あのハングル文字を普及させたのは、福沢諭吉を初めとする日本人だった。鉄道が敷かれ、道路が敷かれ、ソウルに帝国大学を、そして中高の教育機関も設立をされた。保健所ができて、郵便、司法、警察、消防、水道の制度もつくられた。これらはすべて日本からの財政援助でなし遂げられたわけであります。
 再びいいますが、歴史には光と影がある。それは否定をしません。しかし、これまでの歴史教育は、その影の部分だけを強調して、殊さら日本人をあしざまにののしってきました。これでは、日本人としての誇りを子どもたちが持てるわけがありません。
 今回の教科書を拝見しますと、ほかの教科書に比べて、今申し上げた議論の対象になる題材が省かれている気がする。光と影でいうならば、光も少ないけれども影もない、そんな印象を持つわけなんですが、今回の教科書編集に当たって、歴史的事実の取捨選択、どのように配慮されたのか伺いたいと思います。

○大原教育長 教科書「江戸から東京へ」につきましては、高等学校学習指導要領、地理歴史科の目標を踏まえ、江戸東京の変遷を切り口とした近現代史の大きな流れを総合的に考察させるために必要な基礎的、基本的歴史事象を精選し、掲載いたしました。
 また、学習指導要領に、客観的かつ公正な資料に基づいて、事実の正確な理解に導くようにすると記載されていることから、相異なる価値観や対立する立場の一方に偏らないよう、客観性の高い資料に基づいて、事実の正確な理解に導くように留意し、史実の認識や評価に対する記載には慎重を期したところでございます。

○神野委員 おっしゃるように、史実の記載や評価には慎重に配慮した、そのご努力はよくうかがえます。ただ、一つだけ私から提案をさせていただきたいんです。それは、この教科書にある、学びの窓についてであります。
 今回の教科書の特徴の一つとして、学びの窓というコラムに歴史的な出来事を取り上げて、子どもたちに歴史についての考察を深めさせる、こういった企画があります。そこに日本人の偉業をもっと取り上げてほしいんです。どうもそれが少ない気がします。
 例えば、明治時代のエルトゥールル号の事件、トルコの軍艦エルトゥールル号を日本が助けて、そして、かつてイラン・イラク戦争のとき、逃げおくれた邦人をトルコの航空機が助けに来てくれた、こんなエピソード。また、国際連盟での日本の人種差別撤廃宣言、さらには、同盟国であったドイツからの圧力にも負けずユダヤ人を助けた、満州での樋口季一郎少佐、リトアニアでの杉原千畝、選び出したら枚挙にいとまがないほど、日本人の人道主義に関するエピソードというものはあるはずなんです。
 そんな先人の姿を、私は、ぜひ子どもたちに紹介をして、そして日本人であることの誇りを持ってこれから生きていってほしい、そんな提案をさせていただいて、次の質問に移ります。
 これまで、今回の歴史教育にかける都の方針を伺ってきたわけなんですが、どのような教科書を作成しても、それを教える学校の先生の教え方によっては、その思いも絵にかいたもちになってしまうわけであります。
 今回の、この「江戸から東京へ」の授業内容を、東京都としてどのように指導されていかれるのか、そのご説明をいただきたいと思います。

○大原教育長 都教育委員会は、来年度、この科目の趣旨を徹底するために、全都立高校の日本史担当教員向けに説明会を実施いたします。
 また、「江戸から東京へ」の授業研究を行う学校に指導主事等を派遣いたしまして、指導助言し、その内容を「江戸から東京へ通信」としてまとめるなどいたしまして、全都立高校に発信してまいります。
 さらに、すぐれた指導力を有する日本史の教員を教育研究員として指名いたしまして、一年間かけてこの科目の実践事例の開発を行わせ、その成果を発表会や報告書により全都立高校に普及啓発してまいります。
 あわせて、質の高い授業ができるよう、指導案や指導上の留意点、参考資料などを具体的にまとめた教員向けの指導書も来年度末までに作成し、提供してまいります。

○神野委員 東京都が非常にきめ細かい指導を行われることがわかりました。
 授業内容については、ほかの教科同様、教員が作成をした授業計画を各学校の管理職が指導して、そして授業の観察も行われるわけですから、趣旨に沿った授業が行われることを希望したいと思います。
 そして、今回の歴史教育は試行であって、二十四年度から本格実施だと伺っております。この教科書も市販をされるということですから、国内、国外問わず、さまざまな意見が寄せられるはずであります。そういった意見を受けて、今後、この内容が変わっていく可能性はあるのでしょうか。

○大原教育長 来年度使用する教科書については、既に都教育委員会のホームページに掲載するなどして、広く都民から意見をいただいております。
 今後は、本年四月、すべての都立高校生にこの「江戸から東京へ」の教科書を配布し、実際に一年間、日本史等の授業で活用することを通して、教員、生徒、保護者の意見を聞くこととしております。
 都教育委員会は、こうした意見を参考にするとともに、学習指導要領にのっとり、必要があれば改訂するなどして、平成二十四年度からの本格実施に向けて適切に対応してまいります。

○神野委員 歴史問題については、さまざまな意見があるわけであります。今後の展開については、私も議会の場からしっかりと見守っていきたいと思います。
 東京都議会の第四回定例会の冒頭、石原都知事は、その所信表明演説で教育問題に触れ、現在の若者は、先人の足跡を一向に知らず、豊穣さや便利さにおぼれてしんが虚弱だ、このように喝破されました。
 正しい歴史認識が若者に伝わってこなかったことが、現在の日本の閉塞感につながっている。それでは、なぜ正しい歴史が伝わってこなかったんでしょうか。
 昭和二十年の八月十五日、私たちは、戦争が終わったと教えられてきた。しかし、これが最大の欺瞞だったんです。実際は、その後七年間にわたってGHQによる過酷な占領を受け、その間厳しい検閲によって日本の立場に立った正しい歴史を教えることが禁じられ、結果として我々は歴史を失ってしまったんです。歴史を失った民族に繁栄はない、これは世界の民族共通のことであります。正しい歴史を私たちは取り戻していかなければいけない。
 例えば、今、知事が取り組んでいらっしゃる航空機産業、当然ご承知だと思うんですが、これも実は歴史の回復に当たるんです。
 当時、マッカーサーは、戦前の日本の航空機の技術レベルの高さを知っていた。だから、総司令部命令三〇一号を出して、中島飛行機を初めとする日本の航空機メーカーはつぶされて、流体力学や航空工学などの学科は、全国の大学で研究が禁じられたんです。日本には二度と航空機をつくらせるなという強い意思によって日本の航空機産業はつぶされ、そのことは、厳しい検閲で国民には知らされなかった。その悔しさも国民は共有できず、今日まで来ているわけなのであります。
 国を変えるのは、いつの時代も青年たち。青年たちの真っすぐな正義感が国難を助けると私は思っております。ならば、日本の正しい歴史を高校生にしっかりと教えなければいけません。
 都から国を変える、その意気込みで、今回の歴史教育、しっかりと取り組んでいただきたいことを要望申し上げて、次の質問に移りたいと思います。
 平成十九年、今から四年前の二月、東武東上線ときわ台の踏切で、自殺のために踏切内に立ち入った女性を助けようとした警視庁板橋警察署宮本邦彦警部が、電車にはねられ亡くなりました。五十三歳でした。都民の安全を守るというその職務に対する使命感から、みずからの命を犠牲にした宮本さんの行為が多くの都民の感動を呼んだのは、記憶に新しいことであります。
 今、都政のさまざまな課題の中で、盛んに地域の力が叫ばれる。教育でも子育てでも、高齢者の見守りでも、さまざまな政策課題に、一つの結論として、地域の力を訴えるのが最近の一つの流行なんでありますが、この地域の力の本質というのは一体何なんでしょうか。
 地図の上に丸を書いて、ここが地域だと定めれば、自然に地域の力が生まれるわけではありません。政治家が、地域の力を繰り返し叫びさえすればわき出てくるものでもない。その地域の住民の多くがその地域を愛し、地域のため、地域に住む仲間のためになるならば、多少面倒でも、休日の時間がとられても何かやってやろう、まさに、程度の差こそありますが、自己犠牲、利他の精神が醸成をされて初めて生まれてくるのが地域の力だと私は思っている。
 ならば、都民の安全を守るという職務に、みずからを犠牲にしてまで励んだ、殉職された警察官、消防官の崇高な行為に対しては、都として、何をおいても顕彰すべきであると考える。その観点から、幾つかの質問をさせていただきたいと思います。
 宮本警部の殉職に当たって、都としての顕彰はどのようになっていたのか、お伺いをします。

○秋山知事本局長 みずからの命を犠牲にして、都民の生命を守ろうとした宮本邦彦警部に対し、東京都知事顕彰に関する規則に基づき、事案の発生日である平成十九年二月六日付で知事顕彰を行い、ご遺族に対して顕彰状及び顕彰メダルに見舞金を添えて贈呈をいたしました。氏の崇高な行為を人々の模範として広く知らしめるため、東京都公報に公告をいたしました。
 また、平成十九年第一回都議会定例会本会議におきまして、知事が追悼の言葉を述べるとともに、警視庁がとり行った宮本警部の葬儀に知事が出席し、弔意をささげております。

○神野委員 都として非常に手厚く顕彰されたことがよくわかりました。
 この宮本警部以外でも、世田谷署の三軒茶屋交番に勤務をされていた平田隆志警視、刃物を持った男がうろうろしているとの通報を受けて、職務質問をしたところを刺されて殉職をされた警察官の方に対しても顕彰をされている。そのほか警察官、消防官の方に関しては、それぞれ警視庁、消防庁の表彰制度によって、その崇高な行為がたたえられているということがよくわかりました。
 ところで、北の丸公園に弥生慰霊堂という施設があります。園内の案内板にも記載をされておらず、田安門を入ってすぐの高台にひっそりとたたずんでいて、ふだんは訪れる人も少ない場所なんですが、ここには、警視庁、消防庁並びに消防団の殉職者の方が祭られているんです。
 戦前は警視庁が運営をする神社だったんですが、戦後のGHQの神道指令によって、現在では、弥生奉賛会という警視庁のOBの方の有志団体が運営をする無宗教の施設となっています。敷地内にも、その説明がないため、たまたま訪れた人にも何の施設かわからないんですが、先ほどの宮本警部のみたまは、ここに眠っております。
 人の人生というのは、死があることで非連続なものです。しかし、その魂を慰霊をすることで、そこに連続性が生まれてくる。まさに、非連続なものの連続性を担保するための慰霊というのが私たち日本人の感性であります。
 殉職をされた宮本警部のその行いは、そのみたまを慰霊をすることで普遍性が生じる。そしてその精神を我々都民が受け継ぐことができる。まさに慰霊こそ大切な行為だと考えるわけなんです。
 毎年、この弥生慰霊堂で慰霊祭が行われ、東京都からは、知事の代理として副知事が出席をされているんですが、今申し上げたように慰霊は大切なことです。私は、東京都のトップである知事に、ぜひこの慰霊祭に出席をしていただきたいんです。
 そこで、都民の安全を守って殉職をした警察官、消防官あるいは地域の治安、防犯活動でまさに殉職をされた方など、公の任務に率先をして取り組み、惜しくも命を落とされた方々のみたまを祭ることに対して、果たして石原知事はどのような思いを持っていらっしゃるのか、お伺いをしたいと思います。

○石原知事 今は亡き三島由紀夫氏と、生前です、何度も対談したことがございます。最後の対談は今でも覚えておりますが、月刊ペンという雑誌に載りましたが、その主題は、男は何のために死ねるかという題でした。対談が始まる前に三島さんが、君はどう思うか知らぬが、二人で考えていることを入れ札しようというので、二人でメモに書いて出し合いましたら、全く同じで自己犠牲と二人とも書きました。自分の命を顧みず他者の命を守る自己犠牲の行為は、人間として究極の理念だと、理念の姿だと思います。
 しかし、今日、我が国には、極めて自己中心的な生き方、自分だけは損したくないという考え方が蔓延しておりまして、他者への思いやりも薄れつつある中で、殉職された警察官、消防官あるいは人命救助で命を絶たれた方々が示された勇気こそ、日本人が忘れかけた、この国の、いや人間としての最高の美風にほかならないと思います。
 遺族の方々の悲しみは深いと思いますし、心よりお察し申し上げますが、我々はそのご冥福を祈りながら、犠牲的行動を深く胸に刻み、末永く伝えていかなければならないと思います。
 弥生堂の慰霊祭も世に知らしめ、都民、国民が広く参加できる方策が必要であると思います。今まで私、直接ご案内受けませんでしたが、この次ですね、もしご案内を受けたら、私は必ず参列いたします。

○神野委員 ありがとうございます。余りにもいいご答弁いただいて、手を挙げるのを忘れてしまいました。
 私もですね、今盛んに命の大切さがいわれるんですが、自分の命だけを守っていたのでは国は守れません。自分が本当に愛する人が危機に陥っているとき、自分の命大事とばかりすたこら逃げていたのでは、それは男としてひきょう者であります。
 私は、命よりも大切なものがある、それは名誉だ。男として、人間としての名誉を守るためならば、自分の命よりも大切なものがあるということを、これからの教育で教えていっていただきたい。そんな自分の心の中を申し上げて、私の質問を終わります。ありがとうございました。(拍手)

○泉谷副委員長 神野吉弘委員の発言は終わりました。

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