東京都議会予算特別委員会速記録第四号

○宮崎委員長 続きまして、土屋たかゆき委員の発言を許します。
   〔委員長退席、青木副委員長着席〕

○土屋委員 本日は、私の尊敬する横山教育長に集約して質問いたしますので、たくさん質問がございますので、審議の促進にご協力をお願いをいたします。
 最初に、国旗・国歌法成立以降、学校式典において国旗・国歌の適正実施を求める通達は何度出されたでしょうか。

○横山教育長 都教委としまして、平成十一年十月と平成十五年十月の二回にわたり通達を出しております。

○土屋委員 二度の通達はどれも卒業式や入学式における国旗・国歌の適正な扱いを求めるものでありますけれども、今回の通達はより詳細にルールを決めています。
 平成十一年の通達は国旗・国歌法の成立を受けて出されたものでありますけれども、平成十二年二月十一日付の朝日新聞の報道では、当時の斎藤指導部長が、都立学校の校長を集め、通達を説明した上で、これは命令と考えてほしいとまでいい切っています。ところが、これには抜け道がありまして、命令に従わない教職員は服務上の責任が問われることがあるとしか記載されていません。学校現場では、これはよほどひどいことをしなければ、責任を問われないということを意味します。ですから、十二年三月一日に職務命令を出すこと、違反者の処分をすべきことを内容とした要請書を私は当時の中島教育長に提出をしております。今回やっと職務命令を出し、違反者の処分を行うとしたルールを決めたことは、教育庁が正常化に向けて本腰を入れる決意をしたと評価をしたいと思います。
 実際、読売新聞や産経新聞の社説でも、例えば読売新聞では指摘している点は、国旗を正面に掲げた会場で厳粛に実施をしたい。産経新聞では、これら教師は教師以前に国民としての資格を欠いているという論評がなされております。
 このルールの中で学校式典における国旗・国歌の扱いの詳細や教師の服装をあえて示さなければならなかった理由は何でしょうか。

○横山教育長 学校におきます入学式、卒業式等における国旗・国歌の実施率は形式的には一〇〇%になっております。ただ、その内実では、国旗が参列者から確認できない位置に掲揚されたり、指導すべき立場の教員が国歌斉唱時に起立しなかったり、あるいはその式典にふさわしくないTシャツで参列したり、こういった問題があったためでございます。

○土屋委員 とんでもない話なんです。教職員組合などは、今回の実施方針ルールについて相変わらず強制であるといっています。そもそも国旗掲揚をねじ曲げ、校長室に掲揚させたり、舞台の幕の陰に掲揚させたり、また早朝だけに掲揚させたり、さらには厳粛な学校式典にTシャツなどを着用して出席するなど、およそ教養人のなすべき行為とはいえないことを繰り返してきた彼らの行為の結果、やむを得ずルールがつくられたといってもよいと思っております。
 ちなみに、Tシャツを着て式に出たのは、平成十五年四月八日、都立中野養護学校でありますし、ウインドブレーカーに綿パンツで入学式に参列したのは、平成十五年四月八日、都立府中朝日養護学校です。とんでもない話です。
 この通達に、教職員組合などは--分会ニュースがあるんですけれども、ここに私の第二回定例議会のやりとりが書いてありまして、大変な事態になりましたと。国旗・国歌を適正にやるのが何が大変なんですか。(発言する者あり)そのとおりです。違憲訴訟を提起したり、三千万円のカンパを集めて全国の新聞に広告を出すなどしています。国旗・国歌が法制化されるまで、彼らは、日の丸・君が代は法的根拠がないといっていました。
 実際、教室で日の丸・君が代は、法律では国旗・国歌ではないと教えても、それは事実を教えたまでだといっていた教師もいました。
 ところが、平成十一年の法制化後は、今度は論理を展開いたしまして、教師に内心の自由がある、次に、生徒に内心の自由があると、論点を移しています。
 教員の内心の自由については、平成十一年の入学式において、国歌斉唱の際のピアノ伴奏を拒否した教員を都教委が処分いたしましたけれども、これに対して、教員が処分取り消しの訴えを提起していました。その判決が昨年末に出ています。
 判決では、ピアノ伴奏をしなかったことは地方公務員法三十二条、三十三条に違反するとして、原告の訴えを棄却しています。判決は、教育公務員の内心の自由は内在的制限を受けるとしており、教員の内心の自由と義務との関係を考える上で、極めて整理のされた判決と評価できます。東京都教育委員会は、この判決をどのように評価するでしょうか。

○横山教育長 都の教育委員会は、従前から、国旗及び国歌の指導は教育指導上の課題であって、このことは教員の内心の自由を侵すことにはならない、そう考えております。今回の判決は、こうした都教育委員会の主張を認められたと受けとめております。

○土屋委員 これは今後の問題でありますけれども、せっかくルールをつくっても、そのルールを定着する方法を考えて実施しなければいけないと思うんですね。
 やはり管理職として、教育課程における国旗・国歌教育の意義を自覚していただいて、かつて国旗・国歌法の論争があったとき、一宮市の教職員組合の反対アピールに、東京都の元教育関係者、元都立高校校長などが六名も署名しているんです。組合の学校支配のあかしだといってしまえば、それでおしまいですけれども、私は、指導主事も含めて、学校管理者はしっかりとした自覚を持つ必要があると思います。
 七生養護学校における事件の折もそうでありましたけれども、新任の校長が、前校長と組合とのなれ合い、この談合を管理主事に訴えたところ、この管理主事は、聞かなかったことにしましょうといって、校長を窮地に追い込んでいます。
 また、秋留台高校の教諭のホームページに国旗・国歌を否定するような記述がありました。これを見た同校の保護者が東京都の教育庁に、おかしいではないかと問い合わせたところ、指導主事は、問題ないと回答しています。対策本部まで設置して、教育委員会を挙げて国旗・国歌の適正な取り扱いに取り組んでいる最中、校長を指導する立場にある指導主事の発言として不適切だと私は思います。
 さらに、都立市ヶ谷商業高校では、教師がメールを使用してアジテーションを行い、生徒会、生徒を扇動して、ビラの配布までさせています。
 つけ加えれば、事が発覚したら、この教師は否認しているんです。生徒に全部責任を転嫁して、自分は否認をしている。こんなことがあるわけですね。
 東京都教育委員会は、こうした事例を考えて、今回、国旗・国歌の適正な実施を目指して新しい指針を示したわけでありますけれども、教員を対象とした各種の研修会で、今後どのようにその趣旨を徹底し、その確認を行うのか、さらに、今、指摘した指導主事についても、どのように意識の向上に努めるのか、ご回答をお願いいたします。

○横山教育長 趣旨の徹底についてですが、教員に対しましては、教育管理職や教務主任等に対する研修におきまして通達の趣旨の徹底を図ってまいりますし、その取り組みの進捗状況につきましては、チェックリストを作成し、学校への訪問等の折々に確認してまいります。
 また、指導主事に対しては、各種連絡協議会や指導主事研修の機会を通しまして、繰り返し指導を徹底しますとともに、定期的な面接を通して教育課題に対する理解を確認してまいります。
 また、個々の学校が抱えます課題につきましては、校長に対して個別にヒアリングを行い、改めて通達の趣旨の徹底を図るなど、学校への伝達や支援の仕方を抜本的に改善してまいります。

○土屋委員 今のご答弁で、取り組みの進捗状況についてチェックリストを作成し、学校への訪問等の折に確認していくということと、校長に対して個別にヒアリングを行うと。その理解度を知る上で、私は、当然の措置だと思いますので、ぜひしっかりやっていただきたいと思います。
 学習指導要領に法的拘束力があることは、伝習館事件の判決でも明らかなんですね。組合は最高裁判決を、あれは確定判決ではないと。法的知識が全くないといっても仕方ないと思うんですけれども、あれは確定判決じゃないから法的拘束力がないという、いわゆる苦し紛れのいい逃れをしているわけですけれども、めちゃくちゃなんですよ。
 指導要領の法的拘束力を認めてないわけでありますけれども、指導要領は、児童生徒を教える上での指針だと思います。小学校低学年、中学年、高学年で国歌の指導上留意すべきことも、この指導要領に記載されていると思いますけれども、それは何でしょうか。

○横山教育長 小学校の指導におきましては、低学年では、国歌君が代に親しみを持ち、みんなと一緒に歌うようにすること、中学年では、歌詞や楽譜を見て、覚えて歌えるようにすること、高学年では、国歌の大切さを理解し、歌詞や旋律を正しく歌えるようにすることが大切であることが示されております。

○土屋委員 つまり、小学校の場合だと、全学年で国歌斉唱の指導が行われ、高学年に至れば、歌詞の意味なども理解しなければならないはずであります。先ほどの答弁から、低学年でもみんなと一緒に歌うことの指導は不可欠だと思います。
 仮に、小学生が国歌も歌えず、六年生になっても国歌の意味がわからないとしたら、教育課程で適切な指導が行われていないといえるのではないでしょうか。

○横山教育長 ご指摘のとおり、多くの児童が歌えないとしたら、適切な指導がなされていないといわざるを得ません。

○土屋委員 まさにそうなんですね。ちゃんと指導要領に書いてあるんですから、それができてないんですよね。音楽の指導要領の解説では、いつでもどこでも歌えるようにしておきましょうと書いてあるんですよ。自分たちが読んでないでしょう。教員に指導する意思があっても、結果的に子どもたちが国歌を歌えない状況が見られるとすれば、指導力不足の教員と私はいわざるを得ないと思いますけれども、これについてはどうでしょうか。

○横山教育長 お話の事例では、これは指導しても成果が見られないわけですから、指導力に問題があるといわざるを得ません。

○土屋委員 そのとおりですよね。指導力が不足していると。
 学習指導要領解説には、天皇を日本国並びに--共産党、よく聞いていた方がいいです、日本国民統合の象徴とする我が国がいつまでも繁栄するようにと願いを込めた歌であると、君が代を規定しています。教職員組合は、あえて戦前の尋常小学校修身での君が代の記述を引用して(資料を示す)これがそうなんですね。わざわざ戦前の修身の君が代の解釈を組合の機関紙に取り上げているんですけれども、君が代の意味を意図的にねじ曲げています。
 国旗・国歌に反対する勢力の根底には、皇室否定の思想があります。千葉県「日の丸・君が代」対策委員会が平成十一年に作成した「日の丸・君が代」強制反対一問一答集(案)には、明仁天皇の十年を批判的に総括するとか、憲法や教育基本法の理念を考えると、日の丸・君が代と天皇の存在がいかに間違っているかわかるという記述があります。
 そこに一問一答集があるんですけれども、我々にとって、先生方にとって必要なもの、毎日の生活を振り返ってみるとという前置きがありまして、朝起きて渋いお茶を飲みながら食べる一個の梅干し、二番目は、通勤に使っている総武線と武蔵野線の電車、三番目が、数学の授業の客として来る生徒--生徒は客だそうです、組合の人がそう書いている。それから、昼飯を食べるときのおはし、夕方、赤ちょうちんで飲む一本のビールと冷ややっこ、家に帰ってから一日の出来事を知る朝日の新聞、彼ららしいので、朝日新聞だといっているんですよね。寝るための布団とその中で見る好きな女の子の夢、これが必要だというんです。こう考えるとと前置きをしまして、国旗・国歌など出てくる余地はないといっています。まさに思想の貧困を象徴した主張としか、私はいえないと思います。
 そうした思想が根底にあれば、あえて戦前の君が代解釈まで持ち出して、現代における君が代の解釈をねじ曲げるのもうなずけます。
 問題は、そうした勢力と東京都教育委員会が厳しく対峙することだと私は思います。国旗・国歌法が成立し、都教委が新しいルールを示して、ルール違反者は処分する方針を打ち出し、さらには、彼らはピアノ伴奏拒否処分で敗れたことで窮地に追い込まれているといってもよいと思います。
 元日教組の神奈川県委員長であり、元社会党参議院議員の小林正さん、彼は我々と今、運動をともにしておりますけれども、この小林正さんの話ですと、今回の都教委の姿勢に対して、組合内部では、処分者が出るような物理的抵抗はしないという申し合わせがあったという話も聞いております。となると、彼らが反撃するポイントはますます絞られてくることになります。
 では、その反撃のポイントとは何か。ちゃんと彼らの機関紙に書いてあります。「WEEKLY東京教組」二〇〇三年十二月十九日、ここに日の丸・君が代に関する学習会の報告が書かれています。
 そこに、反撃するポイントはという項目がありますけれども、何と書いてあるか。今回の東京都の実施指針に、生徒たちに事前に歌わない自由があることを教えてはならないと書いてあるから、これを反撃のポイントにしようといっています。極めてこそくな手段だと思います。つまり、児童生徒の内心の自由を利用しようということなんですね。
 そこで危惧されるのは、生徒たちに一方的な情報を伝える教師の存在であります。運動会の紅白の玉入れは日の丸につながるから、青、黄色の玉入れに、紅白の幕もだめ(発言する者あり)国立でそうやってたじゃないですか。日の丸の白は骨の色、赤は血の色と教えた教師がいました。このように一方的事例を示して生徒を誘導する行為は、極めて問題があると思いますが、いかがでしょうか。

○横山教育長 お話のような国旗についての指導は、我が国の国旗を尊重する態度を育てるという学習指導要領の趣旨に照らしまして極めて不適切でございまして、学習指導要領の趣旨に反した指導であるといわざるを得ません。

○土屋委員 偏向した教材を示して生徒を誘導するというのは、古典的偏向教育で、児童生徒たちに反国旗・国歌への動機づけを行う悪らつな行為であり、教育者にあるまじきことだと私は思います。
 そこで、日教組の教研集会が開かれておりまして、その中で音楽教育の分科会というのがあります。そこで、東京都公立学校教職員組合から報告がございまして、君が代の指導についての授業実践例、これがいい君が代の授業の例だといっていますけれども、ちょっと見ていただきたいんですが(パネルを示す)小学校四年で、在日韓国人の、君が代は歌えませんの投書を読ませるんです。ここで感想を書かせるんですね。そして、小学校五年になりますと、また朝日新聞なんですが、朝日新聞の日の丸・君が代に対する批判記事を読ませて、これはただ読ませるだけ。次は、六年生になりますと、君が代を戦争と関連づけて教えます。ここでは子どもたちの考えを聞くということになっています。
 そこで、じゃあどうなるかというと、卒業式で日の丸・君が代を拒否したという報告があるんですね。これはマインドコントロールでしょう。近ごろはここに何が加わっているかというと、歌わない自由を強調する偏向教育が行われている。完璧に仕組まれているんですね。完璧に仕組まれている。ともかく学習のステップをちゃんと踏んでいるんですよね、プロですから。
 本来、別のところでプロの力を発揮していただきたいんですが、彼らはこういうところに一生懸命努力をしているということの事例でございまして、国旗・国歌法という法律があり、指導要領にも規定があるにもかかわらず、歌わない自由を強調する指導は極めて問題があると思いますが、いかがでしょうか。

○横山教育長 教員は、教育公務員として、法令や学習指導要領に基づきまして、児童生徒に国旗・国歌に関する指導を行う責務がございます。ことさら歌わない自由を強調することは、実に不適切だと考えております。

○土屋委員 教育公務員として学習指導要領に記載されている事項を遵守して指導に当たることは、生徒などへの強制につながると思いますか。

○横山教育長 ただいま申し上げましたように、教員は、教育公務員として、法令や学習指導要領に基づきまして児童生徒を指導する責務がございます。入学式や卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱は、学習指導要領に基づく教育上の課題でございまして、強制ではございませんし、教員には職務としてこれを行う責任がございます。

○土屋委員 これまでの質疑で明らかになったことですけれども、卒業式などでクラスの大半が国歌を歌えない、歌わない状態であった場合、教師の指導力に不足があるか、あるいは教師による誘導的な指導が行われていたかということになると思いますが、いかがでしょうか。短く答えてください。

○横山教育長 学習指導要領に基づきまして国歌の指導が適切に行われていれば、歌えない、あるいは歌わない児童生徒が多数いるということは考えられませんし、その場合は、ご指摘のとおり、指導力が不足しているか、学習指導要領に反する恣意的な指導があったと考えざるを得ません。

○土屋委員 それは恣意的な指導なんですよ。
 それで、世論調査での数値や、サッカー大会での大日章旗を打ち振るさま、これがそうですけれども(パネルを示す)国立競技場、これは若者たちじゃないですか、日本共産党の皆さん。
 朝日新聞の世論調査によれば、国旗についての好感度を持っているのは、何と七九%ですよ。ですから、クラスの大半が、そうしたことを勘案すると、起立しないなどという状態は全く理解できません。やはり指導の内容や方法に重大な問題があることは間違いがありません。指導要領に反した不適切な指導だと思いますが、いかがでしょうか。

○横山教育長 学校教育における儀式的行事において国歌斉唱時にクラスの大半が起立しない、これは国旗・国歌の指導が適切に行われていないといわざるを得ません。

○土屋委員 ラモスさんがこういうことをいっているんですね。サッカーの選手。日の丸、最高だ、こんな美しい国旗、ほかにないよ、どんなに苦しくても、ひざが痛くても、何とか頑張れると。山下さんという柔道の選手は、ゆっくり上がっていく日の丸は実にきれいに見え、君が代は美しく聞こえました、そういっているんですよ。
 国旗・国歌を尊重する態度を養うべき教員が、それを拒否する、否定するような不適切な指導を行っていることに校長が気づいた場合、どうするんでしょうか。

○横山教育長 校長は学校の教育課程を管理する責務を負っておりますので、不適切であれば、教員に対して是正するよう指導することになります。
   〔発言する者あり〕

○土屋委員 校長が指導を繰り返しても--ああいう人たちですね、改善されず、国旗・国歌に対する不適切な指導が続く場合は、校長は職務命令を発するべきではないでしょうか。

○横山教育長 校長が繰り返し指導しても従わないような場合は、当然、校長の権限に基づいて職務命令を出すことになります。

○土屋委員 当然ですよね。肝心なことは、校長が職務命令を出すときに、都教委が何らかの形でサポートすることだと思います。国旗・国歌対策本部は今後も存続をさせ、同時に、対策本部内に校長などをサポートするセクションをつくる必要があるのではないか、私から提案をさせていただきたいと思います。

○横山教育長 ご提案のとおり、対策本部は、適正化が図られるまで存続をさせますし、校長が職務命令を発する場合は、都教育委員会と校長が連携して対応したり、都教育委員会が校長に対して指導、助言をしたりするなど、校長を強力に支えるための相談窓口を対策本部のもとに設置いたします。

○土屋委員 今のご答弁で対策本部の存続、現場で闘っている校長を強力に支える相談窓口の設置をお約束いただいたわけであります。
 組合は、憲法や日の丸・君が代の本当のことを教えるには、学校の外にいる人たちの声が今まで以上に必要になると、外部勢力との連携を公然といっています。校長がそうした勢力と対峙するには、都教委のサポートは不可欠だと思いますので、ぜひとも全力を挙げていただきたいと思います。
 一般論として、学習指導要領に基づく教育が行われていなければ、教員がその職責を果たしていないということになると思いますけれども、そうしたことは、私、処分の対象になるんじゃないかと思いますけれども、いかがでしょうか。

○横山教育長 学習指導要領に基づく指導がなされていなければ、研修命令を含めた処分の対象となるのは当然でございます。

○土屋委員 当然、それも当然ですね。
 ところで、私は十一日に都立板橋高校の卒業式に出席をいたしました。国歌斉唱時において、教員は全員起立したのに、ほとんどの生徒が起立をしませんでした。このような異常事態を都教委はどのように受けとめているのでしょうか。

○横山教育長 国歌斉唱時にほとんどの生徒が起立をしないということは、学習指導要領に基づく教育活動が正常に行われていないといわざるを得ませんので、事実関係を早急に調査しますとともに、こうした不適切な事態を波及させないため、三月十一日付で、全都立高校に対し、改めて卒業式の適正な実施を通知して、趣旨の徹底を図ったところです。

○土屋委員 私の調査によると、おとといの時点で、二百七十六校のうち五つの高校で生徒が起立していないんですね。さっきお話しした国旗・国歌に対する支持率だとか子どもたちのサッカーでの応援なんか見ますと、特定の五つの学校だけが起立しないというのはおかしな話ですよ。自分たちは起立して処分を逃れておいて、子どもたちに罪をなすりつけるって、教育者として最低の行為だと、私は思いますね。
 板橋高校では、当日、元教員が式典の直前に、日の丸・君が代押しつけ反対で教職員十人の戒告との見出しの週刊誌のコピーをまき、今回の卒業式の実施方針について、いわゆる批判演説を行ったんですね。この元教員は、在職中に組合活動の中心人物だったと聞いています。この元教員は、校長の制止命令にもかかわらず式典を妨害したものであり、これは厳しく法的措置をとるべきだと思いますが、いかがでしょうか。

○横山教育長 校長などの制止にかかわらず元教員が週刊誌の記事のコピーを保護者に配布して、この卒業式は異常であるなどと大声で叫んだことは、卒業式に対する重大な業務妨害行為でございまして、法的措置をとります。

○土屋委員 多くの生徒が起立しなかったことからすると、現職教員の中に協力者がいるのではないかと思います。教員が自分たちの主義主張を生徒たちに恣意的に注入したり、ことさら内心の自由を強調する指導をした結果であるとすれば、極めてゆゆしき問題であります。さきの教育長の答弁からして、これにかかわった教員は処分すべきと考えますが、見解をお伺いいたしたいと思います。

○横山教育長 お話のように、みずからの主義主張を生徒を使って具現化するようなことがあったとするならば、これは教師にあるまじき卑劣な行為であり、当然、処分の対象になります。

○土屋委員 これは肝心なことなので確認をしたいんですが、例えば五クラスあって、そのうちの四クラスでは生徒が起立をし、国歌を斉唱したが、一クラスのみ生徒が起立せず、国歌も斉唱しなかったとしたら、そのクラスは学習指導要領に基づく指導がなされていないと考えていいんでしょうか。

○横山教育長 そのとおりでございます。

○土屋委員 その場合、そのクラスの指導を担当した教員は、処分対象と考えてよろしいでしょうか。

○横山教育長 おっしゃるような措置をとることになります。

○土屋委員 大きな前進だと思いますね。
 板橋高校のような事態は、一校だけの問題ではありません。都教委は、調査を校長に任せるのではなく、都教委が直接、調査に乗り出すべきではありませんでしょうか。
 そこで、都教委内部に人事部、指導部合同の調査委員会の設置を提案いたします。事実関係を調査の上、関係者を処分すべきではないでしょうか。

○横山教育長 教員みずからの主義主張のために生徒を巻き込むような事態は、都教委として放置できない問題であると考えております。
 そのため、都立板橋高校のような想定せざる事態が現実に起こったのを受けまして、都教育委員会としましても、ご提案のとおり、都立学校等卒業式・入学式対策本部のもとに、人事部、指導部合同の調査委員会を直ちに設置することとし、教員のかかわりなど具体的な事実関係を調査の上、関係者の処分を行ってまいります。

○土屋委員 調査結果において、都立板橋高校のように問題があった学校については、学校名を公表することを提案する。また小中学校においても……
   〔発言する者多し〕

○青木副委員長 静粛にお願いします。

○土屋委員 同様に公表すべきではないでしょうか。

○横山教育長 卒業式において学習指導要領に基づかない教育活動や教員の服務上に問題があった都立学校につきましては、説明責任を果たす意味からも、ご提案のとおり、プレス等を通じ、学校名を公表してまいります。
 また、小中学校につきましても同様の対応をとるよう、区市町村教育委員会に働きかけてまいります。

○土屋委員 大変積極的な、現実に即したご答弁をいただいて、本当に感謝をいたします。
 次に、過激性教育の問題についてご質問いたします。
 過激人権侵害性教育については、その実態が次々に明らかになりました。我々はたまたま都立七生養護学校を例に挙げたにすぎません。ところが、過激性教育を進める勢力や、それに加担する一部マスコミは、あたかも養護学校だけで性教育が行われているかのような作為的な主張をしています。
 しかしながら、過激性教育は、民主党の山根議員も国会で取り上げておりますけれども、養護学校だけに限ったわけではありません。例えば、小学校三年生を対象に、近親からの性被害を学ぶ授業があります。
 (パネルを示す)これは、お父さんが娘さんの体をさわるというアニメーションビデオ、これを小学校三年生で使っているんですよ。それから、お兄さんがおふろをのぞくというのもあるんですね。これも小学校三年生の授業でやっている。(発言する者あり)やっているんですよ。
 あとは、不思議なものの大好きな小学生はと前置きをしまして、生胎盤はとてもインパクトのある教材のようでと、性教協の機関紙に紹介されているのは、保育園、小中学校、高校に性教育の出前授業をしている助産師なんですね。胎盤をいじる。
 小学校四年生になる長男が--私の友人の八木秀次さんという高崎経済大学の助教授の息子さんなんだけれども、ある日、奥さんから電話がかかってきた。どうしたんだと。学校に行ったら、学校で保健の時間に、クラスの中で、全員でセックス、セックス、セックスと唱和しているというんですね。これは大変なことだと。
 これは養護学校じゃなくて普通学校ですよ。私たちの追及に、養護学校に特化して、それを前面に出して反論していますけれども、大半が普通学級で行われているんです。
 性教育に関して、七生養護学校の性教育は不適切と教育長が判断したわけでありますけれども、普通学級でも、今述べたように、かなり過激な性教育があったと認識をしておりますけれども、間違いはありませんでしょうか。

○横山教育長 昨年七月に都教委が行った調査では、養護学校だけにとどまらず、通常の学級におきましても、学習指導要領や児童生徒の発達段階を踏まえない指導例が報告をされております。

○土屋委員 七生養護学校に保護者からの苦情はなかったでしょうか。

○横山教育長 都立七生養護学校の保護者から、これは一つの事例でございますが、家庭で何の脈絡もなく卑わいな言葉を発して困る、こういったような苦情が学校に寄せられております。

○土屋委員 推進派は、みんなが望んでいる性教育などといっていますけれども、みんなでないことは明らかなんですね。
 さらに、日本テレビが、推進派の主張を無批判に取り入れた特集番組を一月の十五日、「ニュースプラス1」と「きょうの出来事」で流しているんですけど、ここでも明らかに、彼らと結託しているか、加担したか知らないけれども、七生養護学校に特化してやっている。一般の普通学級で行われていることには全く目をつぶっているんですね。
 マスコミの恣意的な報道については、知事のTBSの発言、知事は刑事告訴をされたということでありますけれども、ここでも同じようなことが行われているんですね。非常にいろんなことが行われている、過激なことが行われているにもかかわらず、それを報道しようとしない。恣意的な報道をしようとしている。全く嘆かわしいことだと思います。
 番組では、昨年、百十六名の教員の大量処分が、あたかも、まじめな性教育をしていた教員への弾圧であるかのような取り上げ方をしていましたけれども、処分の大まかな内容はどうだったか、端的にお答えください。

○横山教育長 都立七生養護学校では、虚偽の学級編制あるいは勤務時間の不正な調整、それから勤務時間内の校内飲酒などの服務規律違反、その他、学習指導要領を踏まえない性教育など、不適切な学校運営の実態が明らかになったことから、教職員とともに、管理監督責任を果たさなかった校長への処分等を行ったものでございます。

○土屋委員 つまり、勤務時間中に旅行に行ったり、クラス編制をごまかしたり、教員の不正休暇取得とそれを黙認したことなども処分に含まれているということなんですね。それをあたかも性教育をしたから処分、にすりかえることは、巧みといえば巧みですけれども、それに加担するマスコミもマスコミだと私は思います。マスコミとしての見識は一体どこに行ったか。
 国旗・国歌の問題についても、東京新聞がこの前、何日か前に、「処分に震える先生たち」、こういう見出しで出したんですよ。そこで、デスクメモというのが書いてありまして、このデスクはどういう感覚をしているのか全然わからないんだけれども、タイに行ったときの教訓が書いてあるんですよ。タイに行ったら、当然、タイは国王を非常にたっとぶ国でありますから、映画館に入ると、国王陛下が出てきて、全員起立して国歌を斉唱するのは常識なんですよね。この人は、ともかく座ったままで画面を見ていたと。背後に国家が透けて見えたと。国家の何が悪いんですかね。で、この人はこれを誇りに思っているんだけれども、タイ国民に対して非常な侮辱だと思いますよ。それから、国際人としていかに日本人が野蛮だということをこの人が示したような事例だと思うんですね。全くおかしいですよ。考えられませんね。
 それで、いろいろ校長の処分について、さっきお話がありましたけれども、校長さんは「KINCHAN通信」という通信を出しているんですね。それの平成十四年九月の五日「校長室だより」には、石原知事のことをこう書いている。福祉敵視、好戦的な石原知事と書いてあるんですね。行政のトップとしての資質はこの人は問われないんでしょうか、という通信を公然と七生養護学校で出していたんです。論理のすりかえで別のことをいっていますけれども、思いは別のところにあると思うんですね。
 それで、時間がなくなってきたんで、あれなんですけれども、じゃ、どうしてそういうことが行われるのかと、いろいろよくいわれるんですけれども、実は、性教協、これを推進している人たちの考えがありまして、性教協は、昭和五十七年に山本直英さんたちがつくったんですね。山本直英さんは、ヒューマンセクシャリティ創刊号で、山宣というんですけれども、山本宣治さんの性教育を一貫して引き継ぐといっているんです。
 この山宣さんの性教育というのはどういうことかというと、科学、人権、自立、共生教育だとしている。大抵の人間は、このスローガンにだまされるんですけれども、この人の思想を山本直英さんが解説しているんですが、結婚生活というのは私有財産制の一つの変形であり、夫という占有者が妻と名づくる家畜を養い、これを性的快楽を得るために機械として用いると。夫と称する主人が妻と称する奴隷を飼い、この奴隷をして昼は家事をせしめ、夜は寝室の世話をさせることであり、疑うべくもない一つの奴隷制であると。これは「各種性教育探検論」の上に書いてあるんですけれども、「改造」の大正十二年の新年号には、我々の眼前に存するのは、人間同士の結婚ではなく、性的奴隷制または私有財産制の一相たる性的家畜業であると、これは資本主義制のもとに起こる必然的な現象であると書いてあるんですよ。
 こういう思想のもとに彼らはいろんな策動をしているということを考えれば、国旗・国歌の問題についても、そして性教育の問題についても、ああ、源泉はそうなんだなと十分わかると思います。
 教育に対するこうしたイデオロギーの介入というのは、どこかで私は正さなければいけないと思うんですが、今までの議論の中でいろんな事実が明らかになりましたし、そして、教育庁の新しい方針もかなり示されたわけでありますけれども、最後に石原慎太郎知事のご所見をお伺いいたしまして、私の質問を終わります。

○石原知事 内心の自由ということから論が始まっているようでありますけれども、何度か引用いたしましたが、アメリカで、小学校に初めて新入生が入りますと、学校の先生が教えることが三つある。その一つが、みんなが決めたことは、自分は少し嫌でも一緒にやろうと。これは、生徒だけじゃなしに、私、先生にもいえることだと思います。教師の身分である人に内心の自由が、私はないとはいいませんが、しかし、同じことが先生にもいえるわけで、それが本当の民主主義というものだと私は思います。
 国家とか民族という枠組みといいましょうか、おぼろげなスキームというものは、しかし画然として、おぼろげながら、とにかく確かにあるという限り、それにそれぞれの人間が属しているわけで、そういう状況を踏まえながら、しからば、自分が属している国家なり民族というものの共通項は何か、いわゆるナショナルアイデンティティーというものが何であるかということを体得させることは、私は非常に、将来の社会人にとっても必要な要件だと思います。
 ということで、私はそんなものは要らないという人も中にはいるかもしれませんが、しかし、私はやはり、国家、民族というものが--例えば、共産党の熱烈な支持者である井上ひさし君が今、ペンクラブの会長をしていますけれども、何かの対談の中で、国家、民族のことを話していました。そして、その中で、外国から日本へ帰ってきて成田に着くと、やっぱり日本がいいわねえとお年寄りが何となくいうと、つまり、国家とか民族、自分の属している、そういう覊絆とのかかわり、そういうものですなという発言をしておられましたが、私は、やっぱりそれは、だれでも共通した基盤にある一つのフィーリングだと思います。
 で、学校の教育も、それを教える一つの手がかりでありまして、そしてまた国旗・国歌というのも、それを伝えるための一つの有力な手がかりだと思います。
 その学校教育は、法令や学習指導要領に基づいて、すべての児童生徒に対して、国家及び社会の形成者として必要な資質、能力の育成を目指して行われるものでありまして、国旗・国歌の指導や性教育については、人によってはさまざまな考え方、とらえ方があるでしょうけれども、公教育に携わる教員が児童生徒に対して学習指導要領に反する偏った考え方を押しつけることは、これは絶対に許されないと思います。
 現在、都教育委員会が行っている取り組みは、学校教育の適正化を図るものと理解しておりまして、今後とも積極的に進め、都民の信頼にこたえてもらいたいと考えております。

○青木副委員長 土屋たかゆき委員の発言は終わりました。(拍手)

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