スウェーデン王国(ストックホルム)

調査目的

ストックホルム市議会代議員ラシッド氏

 先に訪問したヴァンター市のあるフィンランドと同様に、スウェーデンもIT先進国である。首都ストックホルム市では、ITの拠点として「シスタサイエンスシティ」の開発が進んでいる。そこで、ストックホルム市のIT政策及びシスタサイエンスシティについての調査のため、シスタにあるエリクソン社に勤務しているラシッド市議会代議員(Mujde Rashid、補欠議員)を市庁舎に訪問した。

ストックホルム市及びシスタの概要

 ストックホルムは、スウェーデンの首都で、スウェーデン最大の都市である。ストックホルム県(Stockholms Lan)に属しており、人口は約75万人である。「水の都」、「北欧のヴェネツィア」ともいわれ、水の上に浮いているような都市である。北欧で最大の人口を誇り、バルト海沿岸では、サンクトペテルブルクに次いで第2位の都市である。
 シスタは、ストックホルム市の14区の中の一つである。シスタの歴史は、次のとおりである。

シスタの歴史
1905年 軍隊の演習地。
1972年 最初の建物が建てられる。
1975年 エリクソン社が最初に進出。
1985年 ストックホルム市がエレクトリックセンターというエレクトリック関係の企業を集める計画を始める。
1988年 工科大学がシスタに進出。
2000年 IT構想をストックホルム市が打ち上げる。
2001年 シスタサイエンスセンターの建設が始まる。
2003年 エリクソン社が本社をシスタに移転。

スウェーデンにおけるIT化の状況

 平成14年(2002年)末現在のインターネット人口普及率をみると、日本は54.5%で第10位であるのに対し、スウェーデンは67.8%で第2位とかなり進んでいる。
 電車の切符購入から銀行取引、税金の申告などほとんどがインターネット経由で行うことができ、現在の日本の先駆的な存在である。

シスタサイエンスシティについて

シスタの将来像

 シスタサイエンスシティは、スウェーデンのシリコンバレーとも称される世界的なIT産業集積地であり、4つの地方自治体(コミューン)にまたがって存在している。その4つのコミューンがストックホルム市の区の一つであるシスタ、周辺のソレンテューナ、シュンジュベルベリー、ヤルフェラである。スウェーデンのコミューンは、税制、雇用の面で競争する存在であったが、それらが提携を始めることに意義があった。
 シスタはストックホルム市の一部なので、シスタが周辺市と連携してサイエンスシティを建設することは、ストックホルム市議会が決定している。
 面積は約2平方メートルで、オフィススペースは約1.1平方メートルである。現在、1350社が入居し、その内ICT(情報通信技術)関係の企業が約450社、社会サービス関係の企業が約300社あり、約3万人が働いている。大学生は約4000人おり、その内約60%が留学生である。
 2001年には、シスタサイエンスシティを社会に広めることを目的として、シスタサイエンスシティ株式会社を設立した。最初の1、2年は各コミューンからの補助金を受けていたが、その後、エレクトロンという財団が加入した。現在、ストックホルム市のほか、企業グループ、学術者、不動産管理会社、そしてエリクソン社、ABB社という大企業、さらに、各コミューンが担当する管理会社もこの財団あるいはこの株式会社に入っている。
 特筆すべきこととして、企業利益を求めて競争するのではなく、提携し発展させることがサイエンスシティ、エレクトロン財団(Stiftelsen Electrum)に入る前提条件になっている。
 エレクトロン財団の2007年の方針によると、エリクソン社の担当副社長であるワールバーグ(Ulf Wahlberg)氏や、ストックホルム市長のアクセンオリーン(Kristina Axen Olin)氏が理事に名を連ねているのを始め、著名な政治家や企業が参画し、域内を越えてインフラ投資を行う土壌が醸成されている。
 元来、インフラ整備計画(例えば道路や鉄道建設)は国家の仕事であったが、4つのコミューンが共同することで、国に対し圧力をかけることができるようになったということである。
 さらに、住宅問題について、サイエンスシティにより多くの需要が見込まれるようになった。加えて、従来であれば産業用地と住宅用地を区分して都市計画を作るのが普通であるのだが、サイエンスシティに住宅地区を併用することにより、職住近接が実現され、ショッピングセンターなども建設された。
 2001年に都市開発プロジェクトが立案され、シスタを中心に9つのバス路線ができ、さらに高速路面電車の建設という新しいプロジェクトも始まり、現在延伸計画も存在している。また、道路についてE18号線を片側1車線から片側4車線へと拡張する計画もあるという。
 就業教育問題でも各コミューン間で提携が行われ、失業者に対し3か月の教育と企業とのマッチングを行う「シスタマッチング」という計画があり、産業界、企業、工科大学などの団体が協力している。
 そもそも「シスタマッチング」は、企業の人手不足解消のために、必要な能力のある人材を直ちに企業に供給する目的であったのだが、現在は他の分野にも展開されている。
 大学教育については、2000年頃に、学生寮が整備されるなど学生の集まる環境ができて以降、既に進出していた工科大学に加え、ストックホルム大学と工科大学の協力でIT大学が誕生するに至っている。
 4つのコミューンの提携が、サイエンスシティのマーケティングに対する大きなバックアップになっている。この提携関係は、政治家の提携関係も伸展させ、年1回の市長レベルの会議で、シスタサイエンスシティの方向づけが行われ、さらにその路線に従い、年2回の高級官僚による会議で、必要な戦略が立てられる。そして、中層官僚の小グループによる戦術会議が必要に応じて行われている。
 シスタサイエンスシティの成功は、雇用面からも見て取ることができ、2007年におけるICT企業の従業員数は2万人となっている。企業の数も2005年には427社であったものが、2007年には520社に増加し、現在では研究活動の中心地となっている。
 その中には学術界が大きな貢献をしており、シスタではIT関係の5つの研究所のほか、IT大学や工科大学、各企業、産業界において研究活動が盛んに行われている。
 このエレクトロン財団には、シスタサイエンスシティ株式会社(シスタサイエンスセンターのマーケティングを行う)、ストックホルムイノベーショングループ株式会社(進出を希望している企業に対し、土地の世話や有能な社員の世話など様々なサポートを行う)という二つの子会社があり、日本の企業を含む世界規模の大企業がシスタサイエンスシティで活動を行っている。
 以上の説明のあと、質疑応答と現地視察を行った。

シスタサイエンスシティの賑わい

 まず、シスタサイエンスシティが一般国民に与えた影響について、市民生活の利便性は向上したのかについてであるが、ブロードバンド技術の開発に関してはシスタが最先端であり、インターネットの活用においてスウェーデンがトップとなったこと、第3世代携帯電話(3G)の実験もシスタで最初に行なわれ、スウェーデン全土に伝播したことなどが挙げられた。ラシッド氏も3Gベースステーションに勤務しているが、3Gの発展が日本を含めて全世界に影響を及ぼすと考えている。
 次に、IT企業がシスタに移ることに対するメリットについてであるが、例えばインフラが整備されていることや下請企業が多く存在すること、また、シスタでは既に研究活動が行われ、有能な社員がいることも要因であると考えられるが、一概には言えないとのことであった。なお、市からの優遇制度はないとのことである。
 さらに、シスタサイエンスシティが発展した理由として、国や市といった行政が力を入れた結果なのかについてであるが、開発当初は、行政からのイニシアティブが必要であり、ストックホルム市では、特に不動産政策が重要な役割を果たしたとのことであった。シスタサイエンスシティの土地はストックホルム市の所有であるが、10年間は無償で貸付け、その後、使用料を取る形にしている。ラシッド氏もサイエンスシティに住んでおり、恩恵を被っている一人で、地代を払っているものの月500クローネ(日本円で約1万円)と住宅用としてはかなり安い金額とのことだった。

ストックホルム市では、特に不動産政策が重要な役割を果たした
ストックホルム市では、市内の土地の約7割、建物の約5割が市の所有である。

ストックホルム市のIT政策について

受付もIT化されたストックホルム市役所

 シスタサイエンスシティに続き、ストックホルム市の行政計画としてIT化について説明を受けた。
 ストックホルム市では、市議会の平均年齢が57才ということもあり、101名の定数に対し、ITを専門としている議員は1割ほどしかおらず、十分に活用されているとは言えない状況であるとのことであった。しかし、市民サービスでは活用されており、例えば介護サービスの現場では、ブロードバンド技術の活用により、オンライン上で係員とテレビやパソコンを使ってケアをすることができるようになったとのことである。しかし残念ながら、ITを活用した市民サービスは、人々の利用度の向上が鍵になっており、利用しないあるいは利用できない人とのバランスの問題があることも指摘していた。
 福祉に関してはこの他にも、在宅ケアーサービスを受ける高齢者に対し、職員が自宅に向かう際にインターネットを活用し到着時間などを連絡したり、高齢者が食事メニューのリクエストを行うことができるようになっているそうである。この在宅ケアでのIT活用については、スウェーデンでは昔からタイプライターを利用している人が多く、キーボードでの入力という点では比較的敷居は低いものの、キーボードを利用できない人のため、音声による通信技術も開発中であり、既に8つのコミューンで実験的に活用されているとのことである。
 行政手続に関しては、住民登録を希望する場合、電子メールでの申請が可能となっているが、係官のサインが必要になるため、返事は申請翌日に来るようになっているなど、残念ながら電子メールのみでの手続が完結できるようにはなっていないとのことである。また、公共住宅や一般の住宅への入居を希望する場合、インターネットで登録をすると希望条件の物件が現れるごとに紹介の電子メールが来るというサービスもある。さらに、税金については、電子媒体を使って申告できる。個人の簡易納税は、携帯電話からのメールでも可能である。税金に関してストックホルム市では、混雑税(ラッシュアワー通行すると掛かる税金)の制度があり、これは通行する車両からナンバープレートを読み取って自動徴収されるシステムになっている。
 市議会においては、ストックホルム市のウェブサイトに各議員のウェブサイトがあり、市民からの意見を自分のIDを使って見ることができる。
 教育に関しては、教師よりもむしろ生徒の方がITに詳しい状況にあるため、大学での教師養成教育にもIT関係の科目を取り入れている。教師の養成は国の重要な役割であり、前政権では教師のIT教育に関しても10億円の予算を投入した。また、教師だけではなく、介護士、保育士の能力を、教師に準ずるレベルにまで引き上げるための教育プログラムにも取り組んでいる。もちろん市では、学校におけるブロードバント環境の整備とパソコンの設置といったハード面の対策も強化しているが、やはりハード面よりも教える側の質の問題が残されている状況である。
 情報セキュリティに関しては、ストックホルム市ではデータ流失などの事故は起こっていない。市では、学校のセキュリティについては銀行と同程度のセキュリティ対策を講じているが、学校でまず取り組まなくてはならないのは、生徒がポルノサイトに入らないようにすることであるという。また、市役所への出入りについても高レベルでのセキュリティ対策が達成され、自分の4桁の認証番号に対して一定時間ごとに変更される8桁の番号を入力しないと中に入れないシステムになっている。
 ITの普及に関しては、現在のIT先進国といわれる状況での個人的な見解として、2000年から2002年のブロードバントの普及計画が大きく影響しているのではないかとのことであった。国内でのIT普及状況は、ストックホルム市がトップであるが、パソコン普及率を高めるための優遇策も取っており、企業のパソコンの貸出しに対して、国は課税しないようにしているとのことであった。

まとめ

 福祉先進国あるいはIT先進国といわれるスウェーデンにおいて、その推進力であるストックホルム市のIT政策及びシスタサイエンスシティについてレクチャーを受け、改めてその先進性を実感した。
 北欧のシリコンバレーともいわれるシスタサイエンスシティについては、世界のIT産業を牽引しているのみならず、域内においては雇用の創出や住宅需要の喚起、また、多くの先進的な研究を通じた学術部門の発展にも貢献していることは注目に値する。政治、行政の主導が新規産業の創出に結びついたと言えるもので、その計画の先見性が光る。東京都においても「10年後の東京」の中で多摩シリコンバレーの形成が掲げられているが、ストックホルム市の例にならい、もっと具体的な計画性を持たせるとともに、より一層都が主体的に取り組んでいく必要性を強く感じた。

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