フィンランド共和国(ヴァンター)

調査目的

 都市の繁栄を維持するためには、高付加価値産業の育成は欠かせない。フィンランドを始めとする北欧諸国は、近年のIT産業の成長によって、世界の中でも豊かな地域になっている。今回の調査ではフィンランドのヴァンター市を訪問し、市のIT戦略の責任者と意見交換を行った。

フィンランド及びヴァンター市の概要

ヴァンター市地図  フィンランドは、1995年にEUに加盟し、公用語はフィンランド語とスウェーデン語、人口は約520万人である。
 ヴァンター市は人口約19万人と、フィンランドでは4番目に大きな都市(面積は243平方キロメートル)である。街としての歴史は長く、約7000年前より続いているが、市としての成立は、1974年である。
 地理的には、南から南西は首都のヘルシンキ、西はエスポー、北はヌルミヤルヴィ、ケラヴァ、トゥースラ、東はシポーという都市とそれぞれ接しており、ヘルシンキ、エスポー、カウニアイネンとともにヘルシンキ都市圏を形成している。
 現在のヴァンター市は、元来のヴァンターの街の中央部分の3分の1ほどしかなく、南の部分は、ヘルシンキ市となっている。
 フィンランド国内最大の空港であるヘルシンキ・ヴァンター空港は、1952年のヘルシンキオリンピック大会時に出来上がった。
 ヴァンター市は、E12号線・E75号線という二つの重要な国道が出ている交通の要衝であり、コペンハーゲンからヴァンターを通ってモスクワに向かう王様の道と呼ばれる道も残っている。
 ヴァンター市に住む外国人は、ロシア人とエストニア人の割合が多いが、日本人も数百人住んでいる。
 住宅事情については、約60%がマンションに居住しており、一人暮らし世帯が36%、二人世帯が33%を占め、日本同様の核家族化が見られる。
ヴァンター市庁舎  ヴァンター市議会の定数は46人で、議員の男女比率は半々である。市民はインターネットを通して、議会を傍聴したり、意見表明を行うなど市政に参加することができる。
 ヴァンター市における2007年の収入は9億6400万ユーロで、税金の割合がその72%を占める。政府からの補助金は全国平均より少ないということで、その原因は子どもと高齢者の割合が少ないためとのことであった。
 支出の51%は福祉関係で、IT関係はその他経費9%に含まれ、今年からIT関係をまとめて一つの部署で運営している。行政のあらゆる部門にITが関連しており、ITなしには行政運営は何もできない状況にある。
 福祉分野については、幼稚園、保育園、高齢者向けのいろいろなサービス、家でのサービス、訪問医療も進んでいるとのことである。
 市民の余暇に対する投資については、冬が長いこともあり、アイスホッケー、スイミング、サッカーなどの施設が多いということである。
 教育については、教育費が生徒・学生一人当たり毎年6000ユーロかかるが、2万人以上の奨学生がいる。IT関係の教育は、先生よりも生徒の方がむしろ詳しく、学校でのIT教育はあまり行われていない。しかし、家庭や生徒との連絡はインターネット経由で行われ、また、インターネットを通して授業に参加する生徒も増えている。市には教育インフォメーションセンターがあり、同じ建物の中にインターナショナルスクールや保育園、図書館が入っている。一方で、人口の一部分しか大学を卒業していない状況もあり、大学進学率の向上が必要であるとの見解であった。
 ヴァンター市は、今後、アヴィアポリスという地区にIT関係の新しい技術を取り入れ、将来は、空港を中心とした国際的な物流センターにしたいと計画している。

フィンランドがIT先進国になった背景

 フィンランドのIT産業成長の背景にある地理的要因としては、国土の4分の1が北極圏に入る冷涼な気候で冬が長く厳しいために、日常生活を支える技術の進歩に敏感であったこと、人口が少なく町同士が離れており、人間の移動が困難であったため、長距離通信への需要が大きかったことなどが挙げられる。また、社会・経済的要因としては、1990年代初頭のソビエト連邦の崩壊とそれに続く東欧共産主義経済の破綻が大きな影響を及ぼしていたことが挙げられる。交易関係が長く(1917年の独立までロシア領土であった歴史を持つ)、一時は輸出量全体の3割近くを占める重要輸出先であったソ連の崩壊を機に、フィンランド経済は深刻な不況に陥り、90年代初頭の3年間でGDPは約12%も減少、失業率はそれまでの3%台から約17%にまで増加した。このような状況から、国家経済再建のため破綻銀行への公的資金投入、銀行の整理統合、規制緩和、集中的なIT分野への資源投入という経緯があった。特に1990年代終わりから、カトリーナ・ハルユ・マデートーヤという人物がプログラムリーダーとなり、大学、企業と政府や町が参加し、IT化推進のためのプロジェクトが始まったことが現在の成長をもたらしたということである。

ヴァンター市のIT政策

ヴァンター市での意見交換  ヴァンター市におけるIT戦略は2008年までの計画があり、2009年は、IT戦略の見直しが行われる。ビジョン(展望)とミッション(行動)という2つの戦略があり、2年ごとに計画を見直している。
 ヴァンター市の計画は、基本的には市独自の計画であるが、フィンランド政府や他の都市のIT戦略とも共同して行う方向に進んでいる。
 毎年IT技術の重要性が強まっているが、その中でも重要な部分は、貿易関係での共同化、ソフトの無料公開化、他の都市との連携、人間関係のネットワークによる組織の共同化である。現在は、IP電話のシステムを発達させることや市民にインターネット関係のサービスを利用できるようすることに取り組んでいる。
ヴァンター市ITマネージャー アホネン(Anne Lindblad-Ahonen)氏  ヴァンター市のIT普及率は、70から80%であり、毎年普及率は向上している。その要因は、ITに通じた若者の増加や高齢者の利用率の向上などが挙げられる。
 インフラ整備については、ヴァンター市がまとめて行っており、それらには、教育インフラ、福祉インフラ、エレクトリックサービスのセキュリティ対策も含まれている。
 現在、2000年に立てたインフラ整備計画を実行している。ちなみに以前は、各分野でそれぞれ機械やソフトが決められ、ばらばらに整備が行われていた。
 トラブルに対するサポートサービスは、90%がインターネットを介して行われ、これにより、組織の負担が軽減した。サービスの導入に当たって、ITサービスをヴァンター市が企業から買い、その企業がサービスを行うという形をとっている。ただし、特定の企業を使うことにより技術革新が起こらないという弊害への懸念は日本と同様であり、将来的にはあらゆる企業が参入できるシステムの導入を目指している。
 全体を統括するための経費は、大部分を市が全額負担し、企業などはソフト関係の技術協力のみで、政府の負担もほとんどないということである。
 保守管理などの仕様について、各企業が同じ土俵で出来るような仕組みはあるのかとの質問に対し、フィンランドではシステム開発は共同で行っているものの、保守管理については行われておらず、今後の挑戦課題であるとのことであった。ちなみにフィンランド国内のシステム統合の例として、患者の情報をフィンランドのすべての病院で2011年までに共通化するようなシステム開発を進めている。そのシステムは、日本の企業が請け負っているとのことである。
 また、福祉分野へのITの活用に関し、在宅医療への応用についての質問には、2つの先駆的なプロジェクトがあり、医者と患者のインターネット上のコミュニケーション手段を開発中であり、また、ビデオモニターを使って高齢者の状況を確認することもセキュリティの問題もあるが試験中とのことであった。

ヴァンター市のIT政策
以下のレクチャーは、ヴァンター市の2004-2006年までの状況を前提としたものである。

ヴァンターシティカードについて

ヴァンターシティカード  シティカード制度は4つの市(Vantaa, Espoo, Pori, Oulu)で行われている。2種類のカードがあり、一つはICチップだけのもの、もう一つは銀行などでも使える身分証明付のものである。
 これを発展させ、デュアルインターフェースにするか、チップに生体認証システムを導入するかを現在検討している。ちなみにデュアルインターフェースにすると、接触型、非接触型いずれの端末でも利用できるほか、価格面、製造面でもメリットがあると言われている。
 フィンランドのICカード市場は、民間主導であるが、これに市が入っていくことを考えている。
ヴァンターシティーカードを共通発行している4都市  この市場がここ数年間に急速に発達している中で、必要な法整備をどのように行っていくかがこのプロジェクトの課題である。
 ネットワークサービスは日本のメーカー製であり、基本的にどの市も簡単にソフトを買って使うことができる。
 様々なシステムにおいて、個々の利用者を識別するためのID確認の仕組みが別々に存在するが、異なるシステムのID確認を統合して行うことができるシステムとして、ネットワークサービス(VETUMA)が作られた。フィンランドのすべての銀行はこのネットワークサービスに入っており、フィンランドで人口の8割がこのVETUMAに入っている銀行のIDを持っているため、一般的にその確認には銀行のシステムが利用されており、警察や郵便局でも同様である。ちなみに銀行取引をしていない人は、携帯電話を通してこのVETUMAのIDの確認ができるようになっている。各システムにおけるサービスは、もともとは別々のシステムなので、本来は、その個々のIDを使えばよいのであるが、それらを統合したVETUMAに入っているIDを持っていればすべてのシステムにアクセスできる利点がある。
 そうするとシティカードを持つ意味がないのではないかという疑問が生じるが、これに対しては、シティカードは銀行カードも包含したものであり、また、VETUMAに入っていることで、フィンランド国民全員が同じシステム上のサービスを受けられるとのことであった。今後、機能面で違いがあるものの、エスポー市のシティカードと合併して保育園関係のシステムなど機能強化していく予定とのことである。
 現在、シティカードの利用者は、導入しているフィンランド国内4市(人口約100万人)で合計4万人、ヴァンター市単独では8000人である。そのセキュリティ対策については、銀行のシステムを活用している。
 人的なミス(データの外部への持ち出し、ファイル共有ソフトなどを通じた情報漏えいなど)についての質問に対しては、日本と同じ問題が起こっているとの回答で、特にカードの置き忘れに対しては注意喚起をしているとのことであった。
 また、行政サービスへの導入については毎年増加している。今後は市民向けのアンケートをインターネット上で行うなど普及を進めたい意向だが、利用者拡大に取り組むとのことであった。なお、現在カードで利用できるサービスは、駐車場、警察へのアクセス、スポーツやレジャー、タクシー、図書館、学校送迎サービス、食堂などである。
 さらに、カード導入について市では、市と市民の双方に利益があると考えている。
 市にとっての利益は、スイミングプールやトレーニングセンターなどスポーツ施設の利用管理、電子決済、ネットワーク上での24時間サービスの提供、安全確実な本人確認、市のイメージアップなどである。
 一方、市民にとっての利益は、1枚のカードで多くのサービスが受けられるため持ち歩くカードの枚数を減らせること、24時間サービスが受けられるため、時間とお金を節約できることなどである。

まとめ

 今回訪問したヴァンター市は、世界的な情報通信企業が立地するエスポー市と並び、フィンランド国内では4市しか導入していないシティカードシステムを実践している都市であり、首都であるヘルシンキ都市圏の中にあってかなり発展した地域であるとの印象を受けた。
 IT化の状況については、上記報告のとおりであるが、特にシティカードについては、まだ十分に完成されたものとは言えない状況にあるのかもしれないが、日本の住民基本台帳カードと同様、利用者が少ない点が印象的であった。その反面、フィンランドにおける各種サービスにおいて、銀行のIDが日本では考えられないほど活用されており、そのことが市民にとって新しいカードを持つ必要を感じさせない理由ではないかと感じた。東京都においては、同様のカードを作成する状況にはないと考えられるが、電子都庁を構築していく上で、提供するサービスの選定や構築、電子証明書発行に際しての利用者の利便性確保などについて参考にすべき点はあったと思う。なお、ヴァンターシティカードの開発を日本のメーカーが請け負っている状況に、日本企業の技術力の高さを改めて実感した。

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