フランス

ナント ナントと都市共同体

 ナント市は、パリから西へ約350キロメートル、ロワール地方の中心都市である。人口は25万人であるが、ナント市を含む24の市町村から構成される都市圏(都市共同体)でみると、人口60万人、総面積約500平方キロメートルで、フランスで7番目の規模である。かつてはブルターニュ公国の首都であり、西のパリとも言われていたが、15世紀末フランスに統合された。当時から港町として栄え、今もフランスの大西洋側の玄関口としての地位を確保している。

ナントにおけるトラム

 フランスの路面電車(トラム)の現状についての調査のため、トラムが最初に導入されたナント市で、トラムの歴史やトラムのシステムなどについて、ナント市都市圏交通公社(Tan)を訪問し、総局長のアラン・ブジヴァルド氏、営業部長のパスカル・ルロワ氏にトラムの歴史やシステム、現況などを伺った。

 ナント市のトラムは、1932年には約20路線で運行されていたが、1958年に全路線が廃止となり、1960年から1970年にかけて、車社会の到来とともに、フランスの多くの都市でそうであったように、公共交通システムは衰退の一途をたどった。1970年から75年にかけて、新たな交通システムの導入が大きな課題となり、新しい交通システムとして、鉄道、地下鉄、トラムという3つの選択肢が検討され、1977年、人口が今後約2倍になると予測された都市圏において、都心部に高速道路を造るという計画が検討されたが実現せず、さらに、鉄道、地下鉄の建設についても財源が厳しいため難しいということになり、結局トラムの導入となったということである。

 1978年、当時の市長の英断によってトラムの導入が決定、トラムと車との分かち合いを進めるという方針が決まり、1979年には、トラムの導入を含めた都市圏における交通計画が立案され、ナント市議会においてもトラムの導入が議決された。さらに、1981年には、フランス政府の承認を得て、工事費の2分の1を国が補助することとなり、最初の路線の着工に踏み切った。
 1983年の選挙では反対派が市長に当選したが、計画や工事は引き続き進められ、ついに、1985年に最初の路線(1号線)が開通することとなった。しかし、反対派であった市長は開通式を行わなかったとのことである。そして、1989年、再度推進派の(以前の)市長が選挙で当選し、ようやくトラム導入が進むこととなったのである。

 現在、ナント市のトラムは2号線、3号線と3路線に増え、年間5500万人もの市民が利用している。これは、ナント都市圏で何らかの交通手段を利用する市民の2分の1が利用している計算になる。
 1985年に最初に開通した1号線は、当初は、車両の床が高く、すべての利用者に利用しやすいものではなかったが、2000年代になってからは、低床車両を導入するなどバリアフリーを目指すものとなった。「我々は、トラムを『社会統合』や『社会福祉』実現のための手段として考えている。」とのことである。既に総延長40キロメートルに及ぶトラムではあるが、これで完成ではない。ナント市のトラムは、新たな都市型インフラとして成長し、さらなる社会貢献を目指している。

 導入当時、50%ほどであった賛成者は、今では93%にもなったが、問題は資金面であるという。新路線建設には、1キロメートル当たり2000万ユーロもの投資が必要であるが、その一番のネックが資金面である。このため、ナント市内では、トラムに対する93%の賛成者があっても、ある地域においては、交通機関としてトラムでなくバスを選択している。トラムの運営が成り立つといわれる乗降客数は1日5万人ほどであるということであるが、その地域では、その半分の2万5000人ほどであり、結果としてバスを選択することとなった。これに関しては、「我々は決してトラムだけにこだわらない。その地域に合った形の交通システムの選択があってもいい。我々はそれを防げるつもりはない。」ということである。

トラムをめぐる環境

 トラムという交通政策を支えているのはフランスの税制度である。フランスには都市交通税という独特の地方税があり、国が法律でその枠組みを決めているが、都市共同体ごとに市町村の規模の大小により税率が決められ、都市圏内にある一定規模以上の企業から従業員の給与総額に基づき徴収される。ナント都市圏では、その税率は1.8%で、従業員12人以上のすべての企業が対象であるが、社員に他の交通手段を利用させている場合は免除される。そして、大規模な企業からは、その納税額が多額になることから、「我々は納税者なのだからもっと便利にして欲しい。」といった要望もあるという。
 この税制度には、当然企業に負担がかかりすぎるという問題点があるが、これといって他に方法はない、というのが現実である。また、都市圏内の24の市町村は都市交通税の対象となり、周辺の農村部などは除外されているという。
 この都市交通税という特定財源や運賃収入などの一般財源と、運営費に対する補助金制度がトラムの運営を支えていると言っていい。トラムの運営は第三セクターである都市交通公社に業務委託されており、その資本金の60%が24の市町村からなる都市共同体からの出資である。役員、取締役計12人のうち、8人が都市共同体出身で、その議長をナント市長が務めている。
 業務運営を委託しても、依然として都市共同体にはオペレーターとしての役割とデベロッパーとしての役割の2つの役割があり、実態としては、都市共同体としてトラムを建設し、運営していることになる。

トラム導入による都市再生

 一度は廃止されたトラムについて、ナント市と24市町村都市共同体がなぜ再度導入したのか。第1に、環境保全である。路面電車(トラム)の導入が、自動車中心の交通体系から発生する環境汚染から市民を守ることにつながっている。第2に、車とトラムの共存によって、周辺との新しい空間形成に寄与し、街全体にゆったりとした景観を作り出すということである。第3に、トラムの有効活用により、都心に働くすべての人々の移動を改善させることである。この結果、企業は成長、発展し、中心部に新しいオフィスや店舗が増えている。

駐車場対策

 現在、6つのパークアンドライドのための駐車施設がある。そのうちの1つは1号線のHaluchere駅に、他の5つは2号線にそれぞれ設置されており、あわせて6000台分もの駐車スペースを確保し、2006年現在で82%の市民が利用している。
 交通機関網の中のリレーパーキングは無料である。管理モニターによって車の渋滞などを管理している。1985年当初にはパーキングという考えはなかったが、今後トラムを進める上で、公共駐車場の設置は施策の中に入る。
 ナント市では車だけを利用する人や公共機関のみを使う人は少なく、両方を利用している人が多い。市民は、自分で車を運転し若しくは他の車に同乗して移動し、トラムの駅付近に存在するパークアンドライド駐車場のほか公共駐車場や公共空間を利用して駐車している。利用されている駐車場の3分の1はパークアンドライドを実施している6つの駅、さらに3分の1は公共駐車場の設備を有する沿線の7駅であり、残り3分の1が駅郊外にある公共広場である。

トラムとバス路線との共存

 ナント市ではトラムの推進と同時にバス路線も重要である。トラムの導入、整備とともに当然バス路線の整備が必要で、トラムとバスが競合する路線では、バス路線は経路を変えるか、廃止された。また、トラムとの接続点では、バス路線の部分的な迂回や延長が行われた。

放射線型のトラム

 ナント市ではトラムの環状線化は考えていないという。多くの利用者にとっては、各地区と街の中心部との行き来が主であり、地区から地区への移動は少ないのだそうである。そのため、今後とも今の放射線型の整備で進め、あとはバス路線で補うということになる。

まとめ

 ナント市は、トラム発祥の地ということでもあり、トラムに対しては自負と誇りがあるという印象を受けた。第二次世界大戦前から導入され、自動車や既存のバス路線などとの共存を図りながら、1985年に再び導入されることとなったトラムに対する思いが強いナント市では、市民の90%以上の賛同も得て、これをうまく活用し、見事に都市再生を実現していると強く感じた。ナント市のトラムには世界中から視察が相次いでいるということであり、今後の都市計画の中で公共交通をどう生かしていくかを考える上で、非常に参考となった。また、トラムは観光資源としても重要な役割を果たしているということである。

 現在、東京では、都電荒川線が路面電車の路線として運行されているが、現代の車社会、環境問題を考える際に、都民の「足」としての路面電車の復活を考えてはどうであろうか。特に、三多摩地域ではモノレール導入を強く要望している地域への導入などを検討してはどうであろうか。

 今後の課題は、きちんとした都市計画の中で、公共交通をいかに生かしていくかを明確にすることではないかと強く感じた。

パリ パリとイル・ド・フランス

 パリを中心とするイル・ド・フランス地方圏は、人口1100万人で、周辺には3つの県、123の市町村がある。フランス全体で見ると、フランスの人口の5分の1、雇用者の4分の1がここに集中し、1万2000平方キロメートルに及ぶ地域内では、1日に1人あたり平均3.5回の移動が行われているという。郊外での移動は車が中心である一方、パリ市内では公共交通の方が便利だが、依然としてパリ市内に乗り入れてくる車も多い。

パリ市交通管制センター

 パリ発祥の地であるシテ島の花市場のある広場の地下に、パリ市の交通管制センターがあることは意外と知られていない。ここで、同センターのラコント次長よりパリ市の交通管制の概要を伺った。
 パリ市内では年々、自動車による交通渋滞、CO2問題が深刻化しており、バスレーンやトラムの整備などによる交通渋滞の緩和や公害防止などに積極的に取り組んでいるところであるという。
 このセンターの職員は45人で、パリを中心とした自動車交通量の調査などに基づき、日々の自動車交通量の監視・調整やバスレーン、交差点などの管理を行うとともに、公共交通機関の調整などを行っており、それらの結果パリの街中を走る車の平均速度は毎時17.5キロメートルであるという。ラコント氏は、「パリ市長は、道路に関する権限を持っており、人々に車を使うことを諦めさせることが交通政策の目的だ」と言い切る。

パリを取り巻く交通事情

 パリを取り巻く道路交通網を見ると、一部を除いて3重もの環状道路網が整備されており、バスレーンは総延長187キロメートルにも及ぶ。センターが行う自動車交通量の観測箇所は2230か所もあり、特にパリ市の外周道路は、1日あたり100万台もの通行量があり、24時間、管制センターで管理している。
 パリ市では交通計画を作成しており、CO2の減少やすべての人が利用しやすい移動手段の確保を目指している。具体的な数値目標としては、今後、自転車利用を5倍に、歩行者数を15%増やし、バスを中心とした公共交通による輸送を30%ほど増やす。これにより、最終的な自動車交通量の40%削減を目標に掲げている。

パリの路面電車 トラム

 その切り札となるのがトラムである。パリでは、19世紀中頃から路面電車が走っていたが、自動車などの交通機関の発達により1937年に全廃となった。しかし、特に1970年代のエネルギー危機以降、経済性に優れ環境に配慮したトラムが見直され始め、現在、パリ都市圏で営業中の路線は4路線ある。
 その中でも、パリ市の南部、環状道路の内側を東西に走るトラムは2006年12月に開通した最も新しい路線であり、ゴルフ場のグリーンのような芝生が敷かれた専用軌道は環境に優しい構造をしている。この計画に関わったのは、パリ市を中心に、フランス政府、イル・ド・フランス州、イル・ド・フランス交通組合(STIF)、パリ交通公団(RATP)であった。その建設コストは、2億1411万ユーロに及び、そのうち、州が8132万ユーロ、国が5076万ユーロ、パリ市が4930万ユーロ、RATPが3273万ユーロをそれぞれ負担している。

 パリ市のトラムについて2006年のデータで見ると、1日あたりの利用者数は約10万人で、かつて同じ路線を走っていたバスの時代に比べると、輸送量は2倍にも跳ね上がっている。駅の数は17駅あり、総延長7.9キロメートルを約24分かけて運行する。運行時間帯は毎日朝5時から深夜0時30分までで、ラッシュ時には4分間隔で運行する。以前のバスと比べると運行時間帯は4割も増えた。
 このトラムの開通により、沿線の自動車交通量は25%もの減少が期待され,70%のパリ市民がこのトラムの導入を好意的に受け止めている。パリ市のトラムは東部、西部ともに今後延伸を計画中であり、将来は、環状線となって、外周道路の自動車交通量の減少に貢献する計画となっている。

バス交通

 一方バス路線をみると、現在14の専用バスレーンがあり朝6時30分から深夜0時30分まで運行している。専用バスレーンを採用してもわずか10%の速度アップにしかつながっていないが、将来はこれを20%にまで引き上げる考えである。ただし、専用バスレーンの導入が、交差点の機能を複雑にしてしまうということもあり、一概には利便性の向上に資するとは言い難い面もある。
 予算的には、パリ市は、バスの運行頻度向上のための予算を50%も増やしている。このほか、バスを優先する信号システムの導入や監視カメラを設置してバスレーンの管理を行うなどバス事業にかなり力を入れている。

自転車などの活用

 パリ市は今後、河川交通や自転車交通にも力を入れていく考えである。現在運航されているセーヌ川の観光船を定期路線にするほか、自転車専用道を2020年までに700キロメートルに延伸、自転車レンタルサービスのステーションも現在の700箇所から1500箇所へと倍増させる計画である。
 また、ここ10年間で二輪車の利用も25%ほど増えている。悩みの種はこれらの駐輪場の確保であるとのことで、現在、二輪車利用者の行動形態調査などもあわせて進めているという。

新たな取組

 そのほかの新たな取組として、目の不自由な人たちのためのバリアフリーの交差点の設置や、歩道に車を乗り上げて駐車させないための車止めの整備、障害のある人たちのための専用タクシーの導入、トラック輸送から鉄道輸送へのシフト、CO2排出の少ない車の利用推奨などの取組を進めており、また、携帯端末などへの交通情報提供サービスなども検討されているところである。

まとめ

 パリは観光業で成り立っているとも言えることから、パリを訪れる旅行者のスムーズな移動を可能にするための交通政策は、極めて重要である。今後は、トラムの延伸、バス輸送へのシフト、河川交通とのタイアップなど、様々な交通手段をいろいろと組み合わせることで、都市全体として環境に優しい交通基盤を整備し、ますます多くの旅行者を魅了していくことが期待されていると言えるだろう。

おわりに

 今回の調査では、各訪問国においてそれぞれ日本大使館を訪問し、大使や公使に直接各国の概況などについてお話を伺う機会に恵まれ、また、東京が目指すオリンピック・パラリンピック招致に向けた率直な意見交換を行うなど、非常に実り多い訪問となりました。

 また、特にフランスでの調査においては、財団法人自治体国際化協会(CLAIR)パリ事務所次長の荒木 誠氏に、様々な調整や調査へのご同行など多大なるご協力を頂戴いたしましたことに感謝申し上げます。

 このほか、今回の調査にご協力いただいたすべての方々に、この場を借りて、あらためてお礼を申し上げます。

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