エジプト

視察にあたって

 今回のエジプトの調査に当たり、我々調査団は、以下のような視点に立って調査を行うこととした。

  • エジプトは、発展途上にある中近東・アラブ・アフリカ諸国の中で、サウジアラビア、ナイジェリアとともに、これらの国々をリードする立場にあるが、東京都は、カイロ県と姉妹友好都市関係を締結しているものの、これまでその関係はやや希薄なものであったと言わざるを得ない。
     そこで、今回の調査を機に、将来にわたり、友好関係を積極的に築いていくことは、日本の首都東京が果たすべき重大な責務である。
     このため、我々は、その友好の第一歩として、財団法人東京都歴史文化財団と事前に十分な打合せを行い、東京都江戸東京博物館における「エジプト展」開催実現の可能性についても併せて調査する。
  • 近年、環境破壊が急速に進み、地球温暖化による異常気候変動や自然災害、大気汚染などにより、人類共有のかけがいのない財産が危機的な状況を迎えている。特に、近年急速に産業を発展させ国力を伸ばしている中国やインド、エジプトなどの諸国では著しいものがある。
     そこで、エジプトの環境破壊や汚染の現状を視察し、日本の環境破壊の経験と反省を踏まえ、成熟した都市を目指す東京として、エジプトに対してどのような警鐘を鳴らすことができるのか、また、どのような協力やお手伝いができるのかを検討する。
  • エジプトには、ユネスコに登録された世界遺産が7つあるが、これらは、現代に生きる我々が、次の世代に守り継承していくべき人類共有のかけがえのない財産である。そして、近年、我が国の学術調査隊や企業が、エジプトにおける遺跡発掘調査や遺跡を維持保存するための施設整備協力などに、大きく貢献しているということである。
     そこで、遺跡の保存状態や現況の課題などを視察し、今後、東京としてエジプトに対して、どのような協力ができるのか、さらに東京の様々な文化的な遺産を守り、継承していくためにどのようにしたらよいか、などを調査する。

(参考)

エジプト・アラブ共和国の概要
面積 100万平方キロメートル(日本の約2.6倍)
人口 7257万人(2006年人口調査)
首都 カイロ
民族 主にアラブ人(その他、少数のヌビア人、アルメニア人、ギリシャ人など)
言語 アラビア語
宗教 イスラム教、キリスト教(コプト教)
略史 紀元前32世紀頃統一王朝成立。紀元前1世紀よりローマ帝国領、4世紀よりビザンツ帝国領。7世紀にイスラム化。16世紀にオスマントルコ帝国領。19世紀初頭より、オスマントルコ帝国のムハンマド・アリ・パシャの下で近代化に着手し、1922年、英国より王制の国として独立。1952年、ナセル率いる自由将校団によるクーデターを経て共和制に移行。1979年、イスラエルと平和条約を締結。その結果、アラブ連盟の資格停止。1989年、アラブ連盟復帰。1990年、湾岸危機において多国籍軍に参加。
産業 農業(GDPの14.6%)、鉱工業(同17.5%)、貿易・金融・保険(同18.4%)、石油(同12.9%)、運輸(同10.6%)。4大外貨収入源(観光、運河通航料、石油輸出、出稼ぎ外貨送金)

(外務省ウェブサイトより)

カイロ市内

 カイロでは、主に環境対策に視点を置き、大気汚染の現状や交通渋滞、生活物資の廃棄のほか街並みや人々の暮らしなどの概要を視察した。
 市内で特に気になったのは、大気汚染である。説明によると、カイロ市南部の重工業地帯や、排ガス規制のない自動車から発生する大気汚染物質に加え、砂漠からの砂埃などが主な原因ということである。どのような健康被害や環境破壊が引き起こされているかまでは十分に調査できなかったが、早急な対策が必要であることは間違いない。

 急増している自動車に対し、道路整備が十分に追いついているとは言えない状況にあるが、それ以上に問題なのは、隙間なく道路の両側に駐車された放置車両や故障車両、歩行者の交通ルールを守らない路上横断などが、交通渋滞を引き起こしているということである。加えて、道路の補修や清掃が十分でないため、道路上は、傷みが激しく砂埃の舞う状況であった。人々の生活観あふれる活気ある状況や行政当局の苦心は感じられるものの、正に生きることや産業活動が優先され、人々の安全や安心、環境・衛生面などが後追いになっており、急激な発展を遂げる国々特有の悩みを抱えている感は否めない。

 さらに、市内では、中小の河川や運河が至る所でゴミの投げ捨て場となり、水をせき止め、生活雑排水と混じってよどみを作り、極めて非衛生的な状態であった。また、廃墟や墓地などが市街地のかなりの面積を占めているが、その中で貧困層が生活するという悪循環が起きており、その対策として、砂漠の中に新しい街を建設するという手法を取らざるを得なくなっている。
 ラマダンの断食や午前8時から午後2時までという公務員の勤務時間など、我が国とは生活や習慣などに大きな違いはあるものの、我が国が高度成長を遂げてきた時代の経験や反省を活かして、何か知識や技術協力が出来ないものかと強く感じられた。

ギザ

 エジプトを代表する世界遺産であるクフ王のピラミッドやスフィンクスが、どのような歴史をたどり現在に至っているのか、また、これら世界遺産の保護や観光客の誘致に向けた対策や課題について現地を視察した。
 その中で特に感心させられたことは、次のような点であった。

  • 大気汚染の進行や観光客の急増により、かつてないようなスピードで世界遺産が侵食されている事実を目の当たりにしたこと
  • 観光客の誘致に、エジプト政府や各都市が、自ら世界中の政府・都市・企業などに積極的な働きかけをしていること
  • 観光客に対し、ピラミッド内への入場制限やマナーを徹底させ遺跡保護にあたっていること
  • ピラミッドやその周辺地域は砂漠のままに残し、観光地として世俗化させていないこと

エジプト観光庁・考古庁・カイロ市観光部訪問

 エジプト考古庁考古課国際観光局長官のサファッド・エルセイニ博士、同考古課国際関係庁主任のムハンマド・アリ・アーミン氏、同考古課観光関係庁のムハンマド・ファラグ氏、同エジプト遺跡管理責任者のアーテフ・アブグハフ博士にお話を伺い、その後質疑応答を行った。

 まず、鈴木団長から、「エジプトでは観光客が年々増えているが、東京も世界各都市でシティセールスを行っている。今回の調査には、両国の友好と交流を深めたいという思いもある。実は、今回の調査の前に事前に調整をしてきているが、是非ともエジプト展を江戸東京博物館で開催できないだろうか。」と提案したところ、次のようなお話をいただいた。

サファッド・エルセイニ博士

「観光大臣に代わってご挨拶します。エジプトと日本の友好関係は強く、特に観光においては、東京にもエジプト観光局を置き、エジプトへの日本人観光客を増やすための努力をしています。また、遺跡発掘でも早稲田大学や日本の企業などとも協力しています。エジプトと日本との友好関係を強めるために、2007年12月にエジプトの観光大臣が日本を訪れることになっており、日本からも代表がエジプトに来る予定になっています。」

ムハンマド・アリ・アーミン氏

「エジプトの文化と遺跡のことでは、日本による協力が大きく、日本人による発掘品などが日本でも展示されています。エジプト展を江戸東京博物館で開催することについては、相談をしながら進めていくことは可能です。また、日本からの観光客は、2005年からの1年間で18%も増加しています。今後も、エジプト観光局では、世界中の観光オフィスや旅行会社、マスコミなどと友好関係を結んでいきたいと考えています。」

質疑応答
文化遺産の保護についてはどのような考え方で進めているのか。
観光客の制限やカメラの持込禁止などの遺跡保護のためのルールの確保と、観光客の思いを尊重することが大切である。文化遺産を守る計画を作り、文化遺産保護のため、世界中に協力を求めていきたい。
文化遺産の保護と観光政策とは、時に相反する一面を持っていると思われるが、それを両立させるために、どのような点に留意しているのか。
訪問可能な遺跡の数を増やしたり、順路を切り替えるなどの工夫をしている。また、観光地の入口にセンターを建設し、遺跡の歴史や配置、マナーなどを紹介するなど、サービスの向上にも努めたい。

エジプト考古学博物館視察

 ツタンカーメンの黄金のマスクや歴代王のミイラなど世界的な遺産を展示しているエジプト考古学博物館は、手狭であると同時に老朽化が進んでいるため、2011年を目途に日本の円借款を活用して、現在ある市の中心部から新たにカイロ郊外に建設されるとのことである。我々調査団も、十分な時間は取れなかったが、ここで、この博物館のデザインやレイアウト、利用者に対するサービスや利用者のマナー向上策、展示品の保全や保護及び安全管理体制、観光客の積極的な誘致活動などの一端を垣間見ることができた。

在エジプト日本国大使館訪問

 カイロ滞在中に在エジプト日本大使館を訪問し、上村 司公使、中野 大輔一等書記官らと懇談する機会を得ることができた。

(主な内容)
  • 江戸東京博物館でのエジプト展開催についての意見交換
  • 2016年東京オリンピック招致に関する意見交換
  • エジプトの現状と今後への展望
    • カイロ下流域での重金属汚染、排気ガスが野放しになっており、大きな環境問題になっている。
    • 日本には、文化財保護やエコ技術の援助や助成が求められている。
    • 相互親善訪問など姉妹友好都市としての交流を更に進める必要がある。

ルクソール視察

 3000年もの時を超え、古代エジプトに生きた人々の息吹を今に伝えてくれる街が、ルクソールである。ルクソールは、ナイル川を挟んで東側には歴代のファラオによって建立されたカルナック神殿やルクソール神殿などが建ち並ぶ「生きるものの街」、西側には川と山とに囲まれたハトシェプスト女王葬祭殿や王家の谷などがある「死者の街」とに分かれている。主な交通機関は、バスや車とナイル川を航行する船であり、特にナイル川のクルーズ船は観光地としての優雅さや悠久の歴史を彷彿とさせてくれる。

 我々調査団は、現地にて、ルクソールの歴史や現状、文化財保護への取組、観光資源としての活用、今後の課題や東京が協力できることは何かなどについて、エジプト考古庁最高評議会のナーテス氏に様々な説明を受けながら、実際のそれぞれの遺跡の状況などを視察した。

エジプト視察を終えて

 今回の調査を通じて最も強く感じられたことは、同じ一つの地球の中で、こんなにも生活や習慣、国情などが違う国でありながら、そこには人類が共有すべきかけがいのない貴重な文化遺産が存在し、かつて(又は現在においても)日本が直面した多くの共通課題を抱えているという点である。そして、それは、日本にいるだけでは必ずしも十分に理解できるものではないが、実際に現地に赴き、現場の実態を視察し、関係者から直接説明を受け、また交流することを通じて、初めて把握することができることであった。
 例えば、「世界遺産の素晴らしさに感動し、これらの遺産は人類共有の遺産として、世界中で守っていかねばならない」ということ。また、「カイロ市を視察して、大気汚染や人為的な公害の惨状をまざまざと見せつけられ、環境問題の緊急性を肌で感じ取れた」こと、「東京でのオリンピック開催は、ただ日本だけのものではなく、世界の各都市との情報交換や信頼・協力関係の中から発信できるものである」こと、「観光誘致は、国・都市・企業・民間が協力して行なうものであり、むやみやたらな開発に終始させず、観光客の思いを尊重させるべきである」こと、「エジプトとの姉妹友好都市提携をより実りあるものにしていくためには、相互都市間の人的交流を更に進めていくべきである」ことなど、数多くの課題について、現地において直接肌で感じることによって、大きな収穫を得ることができた。

 我々調査団は、この大きな収穫について具体化を図るため、帰国後直ちに、財団法人東京都歴史文化財団事務局長の石原 清次氏及び東京都江戸東京博物館副館長の木村 俊弘氏らと打ち合わせの会合を持ち、江戸東京博物館でのエジプト展開催の実現可能性についての報告と実現に向けた一層の努力について要請を行なった。

 さらに、石原知事に対しては、江戸東京博物館でのエジプト展開催やカイロの現状と環境問題について、姉妹友好都市関係の促進、エコ技術や文化遺産保護への協力、日本大使館でのオリンピック招致に関する意見交換など、今回の訪問の成果について直接お会いして報告と要請を行なった。

 最後に、当然のことではあるが、今回の調査実施に向けエジプトに関する様々な事前調査を重ねたことや、在日エジプト大使館や在エジプト日本大使館のほか関係機関との事前の十分な連携が、現地において非常に役立ったという点も付記しておきたい。

(追記)

 平成20年2月1日、我々調査団は、今回の調査でお世話になった在日エジプト大使館を訪問し、ワリード・マハムード・アブデルナーセル大使に直接お会いして今回のお礼を申し上げた。また、現地での我々の調査を踏まえ、文化財保護、環境問題や姉妹友好都市である東京都とカイロ県との一層の友好交流の促進などについて意見交換を行った。

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