四こまストーリー
今緑の大聖堂-大雄寺のクスノキが教えてくれる本当の時間
-「この木なんの木 気になる木」編-
雨空のどんよりした東京の空。そろそろ、燃えるような太陽ときらきら輝く若葉の情景がなつかしくなる頃だろう。初夏の輝く陽光をいまかいまかと待ち詫びているのは、何も東京人ばかりではない。雨水をたっぷり吸い込んですくすくと葉をのばす東京の樹木たちもそのひとり。梅雨空にしっとりと濡れる若葉の姿は、「若葉雨」という季語がもつ語の響き、イメージを鮮やかに伝える癒しの情景そのものだ。というわけで、今回の東京四コマ・ストーリーは、若葉をテーマに東京の“気になる木”を訪ねてみたい。
 「生命の樹」-この希望に満ちた響きは、絵画が好きな方ならピンとくるかもしれない。そう、ウィーンの画家クリムトが4年もの歳月をかけて製作した、幅7メートルに及ぶ壁画のタイトルだ。その中心に据えられたクリムト特有の金色をした樹木からは、まるで別の生き物のようにくるくると枝が伸びる。連続した時間の流れ=生命を象徴しているかのようだ。クリムトの「生命の樹」のイメージにぴったりなのが写真にあるこの樹。“自然が芸術を模倣する”とは、オスカー・ワイルドの言葉だが、おそらく偉大な画家もさすがに自然という芸術家の表現力=生命力には脱帽に違いない。
 気になるこの木、いったいなんの木かといえば、じつは巨樹で知られるクスノキ。ここ台東区谷中の大雄寺のクスノキといえば、東京で一番大きなクスノキとして知られている有名な樹木だ。幹の太さは6.2m、高さは約13m。とくにこの季節、大空に広がる若葉豊かな新緑の光景は圧巻!写真家ダニエル・ブーディネの深いエメラルドグリーンに輝く緑色のカーテンを写した「ポラロイド写真」を思わせるほどだ。
 もちろん、ぼくらを魅了するのは何も若葉にかぎらない。見てほしい!この樹皮に刻まれた生命のダイナミズム、躍動感!善悪を超越した無数の線、ごつごつとしたこぶ、それはまるでゴッホが描いた油絵を彷佛させる。樹齢600年ともいわれるこの樹が見せる肌は、雄大な時の流れのなかで、生きてきた喜びそのものが独特のリズムとなって、見るものを勇気づけてくれるはずだ。ちなみに、谷中には大雄寺のクスノキのほかに、東京都指定天然記念物の延命院のシイもあるので、ぜひとも若葉散策を楽しんでほしい。
 “現代人は時間に追われている”といわれている。IT化の進展でその速度はますます上がっているとも。エンデの“モモ”がいうように、たしかにぼくらは時間どろぼうに時間を盗まれているのかもしれない。でも、もしそう感じたら、大きな幹をしたこんな一本立ちの樹に逢いに行ってみてほしい。その幹には、ぼくらが日頃手にしている時計とは異なる、時間どろぼうの手が届かない本当の時が刻まれているからだ。
 初夏の到来を静かに準備するかのように、梅雨空のもと、東京の街には初々しい若葉のカーテンが広がりはじめている。その樹木の下から上を見上げてみよう。そこはまるで、緑鮮やかなステンドグラスをはめ込んだ“大聖堂”へと変わるはず。緑の大聖堂がぼくらに教えてくれることは、樹皮が示す生の深い喜び、そして現代人が忘れかけている本当の時間だ。祈るような気持ちで樹木と対話してみてほしい。心洗われる貴重な時に浸れることまちがいなし!
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大雄寺のクスノキ1枚目
大雄寺のクスノキ2枚目
大雄寺のクスノキ3枚目
大雄寺のクスノキ4枚目


写真:武居 英俊/文:麒 麟