街中で、駅で、あるいは屋内で、盲導犬が元気に働いている光景は、誰もが何度か目にしたことがあるだろう。言うまでもなく、視覚障害者の自立歩行を助けるのが盲導犬の仕事である。道路交通法により、視覚障害者が道路を通行するときは、盲導犬、又は白い杖を使用するように定められている。
これまで多くの盲導犬を送り出してきた、財団法人日本盲導犬協会は1967年、日本で初めての盲導犬育成団体として、当時の厚生省の許可を受けて設立された。会の活動は、主に優秀な盲導犬の育成、盲導犬普及のための啓発・PR活動、盲導犬歩行指導員の育成などである。現在、国家公安委員会の指定を受けて活動している同様の施設は全国に9施設ある。
盲導犬は一般のペットとは異なり、電車、バスなどの交通機関や宿泊施設、飲食店などの利用が認められてはいるが、日本ではまだ乗車拒否や入店拒否がたびたび起きている現状がある。もし、こうした場面に遭遇したら「盲導犬は、きちんとした躾を受けているので人に迷惑をかけることはない。」ということを、ぜひ一言いってあげてほしいと協会の人たちは口を揃えて訴える。
では、盲導犬になれるのはどんな性質・種類の犬なのだろう。
古来、群れで生活してきた歴史を持つ犬は本来、リーダーを信頼して従っていくという性質を持っている。その様な、犬が生まれつき持っている性質をプラスの方向に伸ばし、人間のパートナーとして生活する能力を身に付けたのが盲導犬だ。彼らは社会の一員として、その行動が認められている存在でもある。
協会では、順応性が高く、仕事をすることによって人に喜ばれることが大好きなラブラドール・レトリーバーを盲導犬として主に採用している。かつてはシェパードなども採用していたが、シェパードは、警察犬などのような犯罪捜査をサポートするイメージが強く、犬が苦手という人たちに恐怖感を抱かせることも時にはあった。そうしたことから最近では、優しく愛らしい表情と穏やかな容姿で、犬に慣れていない子供にも恐怖心を感じさせにくいレトリーバー種が圧倒的に多いということだ。
「レトリーバー種は大変おとなしくて賢く、身体の大きさも人間を誘導・サポートするのに適しています。最近ではスタンダード・プードルも、毛が抜けにくいという利点から、室内で暮らす盲導犬には適しているということで、株式会社栃木盲導犬センターで訓練を始めたそうです。」と事務局の森屋さん。
犬にとって生後の1年間は、その後の性格と行動パターンを左右する、情操面で大切な時期である。だから将来、盲導犬となった時にパートナーとの生活がスムーズに送れるように、仔犬の時から一般の家庭で愛情を込めて育ててもらう。盲導犬候補である仔犬は、生後2か月位でパピーウォーカー(仔犬飼育ボランティア家庭)に預けられ、1才迄パピーウォーカーの家庭で育てられる。パピーウォーカーになるには、いくつか条件があり、審査をクリアした家庭に仔犬が預けられる。
1年間、たっぷりの愛情を注いで育てた仔犬が、一番可愛い時に手放さなければならないので、パピーウォーカーは楽しくやりがいがある反面、かなりつらいボランティアでもある。
しかし、委託された期間を過ぎれば別れざるを得ない。日本盲導犬協会では、例えその犬が盲導犬として不適格であった場合でも、原則的に犬を元のパピーウォーカーに引き渡すことはしない。それは、できるだけ長く継続してパピーウォーカーを実行してもらうためである。その時に他の犬がいると、パピーウォーカーとしての条件から外れるからである。
パピーウォーカーは、仔犬が人間に信頼感・安心感を抱き、人間社会の中で良きパートナーとして生活できるよう、正しい躾をしていくことも大きな役割だ。パピーウォーカーは、仔犬を預かっている期間、毎月1、2回訓練センターで盲導犬として社会生活をしていくための基本的な躾の仕方を、協会の訓練士から受ける。
パピーウォーカーの家庭で1才迄過ごした犬は、いよいよ盲導犬として本格的な訓練をスタートする。しかし、約10か月の訓練終了後、盲導犬として適格とされるのは訓練を受けた犬のうち約4割程度である。彼らは2歳で盲導犬としてデビューし、仕事を始めることになる。その後、約8年間仕事に従事するので、引退するのは10歳である。
盲導犬はストレスが多いので「短命である」という通説が一般的に信じられている節があるが、これは大きな誤解であると森屋さんはいう。
「犬にとって、主人のそばに居られることが最高の幸せです。精神的に安定しストレスのない状態というわけです。盲導犬になる犬は基本的に人間の役に立つことによって、誉められることが最高に嬉しいという犬たちが選ばれるわけです。彼らは嬉々として仕事をしていると考えてもいいでしょう。ですから、ストレスで長生きできないというのは当たっていません。犬の平均年令は約15歳ですが、盲導犬も10歳で引退した後、5年位はのんびりと余生を過ごします。盲導犬が短命というのは大変な誤解ですね」
「また、よく老犬になって引退した盲導犬の行く末は?などといった質問を受けますが、ほとんどの犬はボランティアの方々や、まれに老化が進んでいる場合は協会が引き取ってケアします。たまに、テレビなどで、株式会社北海道盲導犬協会の老犬ホームが紹介されることがありますが、これは同協会卒のリタイア犬の一部が過ごしている施設で、全国のリタイア犬が全てここに集められているわけではありません。また、パピーウォーカーに育てられた後、盲導犬としての適性がないと判断された場合に、その犬はどうなるんですか?という質問もよく受けます。彼らは盲導犬として基本的な訓練を受けているので、引き取り手や受入先には困ることはありません。私たちと一緒にボランティア活動の必要性をアピールしたり、デモンストレーションをするPR犬として活躍したり、介助犬として適応性のある犬は介助犬協会にお譲りして、新たに介助犬としての訓練を受けて介助犬になったりすることもあります。更に、老人ホームや養護施設などで、入所者の心のケアをお手伝いするセラピードッグとなったり、あとは『リジェクトウォーカー』と呼ばれるボランティアの家庭で、家庭犬として生活したりしています。犬たちも自分の適性に合った生活や仕事をしているんですよ。心配される方もいらっしゃいますが、犬たちが幸せな一生を送れるように協会では考えています。」とのことである。
犬は、人間にとって最良の友であると言われている。最近では犬が人間にもたらす精神的、肉体的な素晴らしい効果がマスコミなどで紹介されている。犬に触れるだけで血圧や脈拍が安定するという医学的データもあるくらいだ。
人間のために、一生懸命働いてくれた犬たちも含めて、動物たちが不幸な目にあってはならない。そんな社会は、人間にとっても幸福な社会とは言えないはずだから。